関西酒場のろのろ日記

関西酒場のろのろ日記 (ele-king books)

 読んでると飲みたくなる本でした(笑)。

 

P10

 大阪に来てからできた知り合いに「おすすめの居酒屋を教えて!」とよく聞いていた時期がある。しかし、たいていの場合「うーん、会社の近くの適当な店しか行かへんからなぁ」といったぼんやりした答えが返ってきた。・・・私は「あれ?みんな、酒場とかあんまり興味ないのかな?」と思ったものである。

 しかし、自分の足で飲み歩いていくうちに徐々にあのぼんやりした答えの意味がわかってきたような気がした。「ようある店」こそが素晴らしいのだ。「大阪では安くて旨い店じゃなければ生き残っていけない」と、そんなことを何かにつけて見聞きするように、どの店も大抵サービス精神が旺盛だという、それも理由のひとつだろう。でもそれ以上に、関西の酒場に求められているものが「驚愕のコストパフォーマンス」とか「食べログ何点以上の絶品料理」とかよりも、「店のおばちゃんが面白い」とか「なんとなく居心地がいい」みたいな、数値化しにくい価値だからなんじゃないのかと思うのだ。電車を乗り継いで名酒場を訪ねるなんて面倒くさいことはせず、いつも行く店のいつも食べるつまみを愛し、そこで生まれる人間関係を面白がるというような。生活の中で自然に出会うような形で酒を楽しんでいるように見える。

 

P182

 ある日。

 十四時から京都の水族館で取材。滞りなく終わり、せっかく京都まで来たしと、先日知り合いに教わった「橋本酒店」という角打ちまで歩いてみることにする。

 水族館から歩いて十分ほどで到着。・・・

 ・・・

 客は私と同時に入店してきたご高齢の常連さん一人。最初は緊張したが、生ビールをもらってふっと深呼吸したら気分が落ち着いた。自分が電子タバコを吸っているのを見た常連さんが「うちでも同じの買うたんやけど、使い方がようわからんねん」と話しかけてくれる。そんなきっかけで会話が始まり、この店の個性的な常連さんたちのことなどを聞かせてもらう。

 その中の話のひとつで、お店にたまに来るお客さんの一人が、とにかく酒癖が悪いんだという。酔うとめちゃくちゃ大声でしゃべる。店の中をあっちこっち行ったり来たりして他の客にちょっかいを出す。若い女性に対してが特にひどくて、体を触ったりすることまであるんだとか。度が過ぎる上にそういうことが何度も繰り返されるので、店主は怒り心頭。「次に同じようなことがあったらもうここでは飲ませない」と警告したという。

 するとその客はしばらくしてシュンとした様子でやってきて平謝りに謝り、「もう絶対にしません」という主旨の書面までしたためた。しかしそれで収まるかと思いきや、また後日似たような失態をやらかした。さすがにそこで「もう出禁や!出禁!」と追い払われたそうだ。

 と、それだけならただの〝タチの悪い客がいた話〟なのだが、「へー!それは困ったお客さんですね」と聞いていると、「まあ、最低一ヶ月は飲まさへんよ」「そや、それぐらいしたらんと」と店主と常連さんが話すので意外に思って「あ、でもまた一ヶ月したら来てもいいんですね?」と聞くと、「そらまあ、あんなやつ、他に飲む場所あらへんやろからなあ」と店主が言う。

 お店に迷惑をかけるような失敗を何度か繰り返して呆れられても、一ヶ月したら許すというところが最高だなと感動した。「二度と来るな!」は拒絶で、「一ヶ月来るな!」は指導だ。似ているようで実は全然違う。「これで少しはあいつも頭冷やすやろ」と語る店主と常連さんの寛大さがなんだかすごくいいなと思った。

 生ビール一杯、氷結一缶、おでんの大根と豆腐、それで八百円ぐらい払って出る。出がけに店先を見たら、惣菜パックみたいなのもあって美味しそうだった。絶対また来なきゃな。