尾上右近さんと、アーティストの方との対談集。面白かったです。
こちらは横尾忠則さん。
P109
右近 先ほど、飽きっぽいとおっしゃっていましたが、絵を描くことに飽きることはないんですか?
横尾 80年以上も描いているので、とっくにもう飽きていますよ(笑)。絵を描くのが、嫌で嫌でしょうがない。
右近 飽きたから、もう絵は描かない、というふうにはならないんでしょうか?
横尾 それはないですね。飽きた状態の自分が描いた絵を見てみたいという、バカみたいな好奇心があるから(笑)。飽きて描いた絵って、どんな絵なんだろう?見てみたいな、という気持ちのほうが強いんです。
右近 なんて面白い!
横尾 若い頃は、僕の得意なものがあったし、頑張っていい作品を作ろうとか、社会に出ていきたいという気持ちがあったんだけれども、そういうものは年とともに段々なくなって、この年齢になると、どうでもよくなる。でも、そうなってからのほうが面白いことができるんですよ。誰かに向けた表現じゃなく、自分だけの問題としてやるわけだから、どうでもいいことができるんです。20代、30代の時にそういう状態になれたら、もっと面白かったかなと思いますがね。
・・・
横尾 ・・・右近さんは今、女形と立役の割合は半々くらい?
右近 ちょうど半々くらいです。
横尾 どっちが好みですか?
右近 半々やらせてもらっている自分が、いちばん気に入っていますけど、個人的には立役のほうですかね。いろんな発見があります。
横尾 こうやって話している声の感じ一つとっても、女形のイメージがあまり伝わってきませんよね。男のままできる立役と違って、女性を演じる女形は、そこに芸というか、型が必要になってくるでしょ?両方をやれるというのは、とてもいいことじゃないですか。両方に影響を与えられますね。
右近 そうなんです。立役と女形を行ったり来たりするだけでも、自分の心の世界が広がるのをすごく感じます。
横尾 相手役の背丈に合わせて、女形は腰や膝を折って小さく見せなきゃならないでしょう?あれはしんどくないですか?
右近 しんどいと思う時は、相手に惚れていない時ですね。
横尾 ほお!面白いね。勉強になりました。
右近 相手のことを想っていたら、自然と相手より小さくなるし、意識してそうしているわけではないから、しんどさも感じません。つまり〝努力〟しているわけじゃなく、〝夢中〟になっているんですよね。しんどい体勢であることに気づかない時は、ちゃんと相手や、そのお芝居に、夢中になれている時だと思います。
・・・
横尾 ・・・今話していても感じるけど、右近さんはものすごくしっかりしているよね。僕が29歳の時は、話下手でダメだったよ(笑)。
右近 でも、しっかりする=少年性を失うということだと思うので、危機感も持っております。しっかりしているようでいて、いい加減でありたいなと。
横尾 いい加減は大事ですよ。頭でっかちになったらダメ。僕なんて、頭を空っぽにしなきゃ絵を描けない。もともと思想はないけど、考えに左右されている間は手が動かないわけ。だからもう僕にとって絵を描くことは、頭の作業ではなく、身体の作業、手の作業なんですよ。そういう意味では、俳優さんやアスリートの人たちと非常に近い感覚で絵を描いている気がします。だから今日は楽しみにしていたんですよ。俳優さんとお会いすると、非常に勉強にもなるから。特に若い方には興味がありますね。
右近 嬉しいです。若いといっても、僕自身は過渡期だなと感じていて。満ち足りなかったり、埋められなかったりする苛立ちや怒りで突き進んでいた時期があったんですが、近頃、幸せになる瞬間、楽しい気持ちが増えてきた気がするんです。ただ、そういう時に、ふと怒りが懐かしくなることもあって、自分は変化しているんだなと感じます。
横尾 それも若い証拠ですよ。僕なんかもう、怒りもないし、面倒くさいし、どうでもいい(笑)。だけど、そうなってからのほうが面白いんですよね。それでさっき僕は、もっと若い時期にそういう状態になれたらよかったと言ったんだけど、やっぱり年を取らないとダメだね。若い時は、欲望とか願望とか、煩悩とか自我を山ほど持って、ガーッと突き進んでいけばいいんです。自分の中にあるものを全部吐き出しちゃう。そうやって、年を取ったら空っぽになってください(笑)。
右近 はい、そうなりたいです。そんなふうに言える横尾さんは、本当にカッコいいです!
横尾 歌舞伎の大御所の人たちも、年とともに段々と空っぽな状態になって、何でもありみたいになってこられるでしょ?そうなるには、やっぱり若い頃にできるだけ自我を吐き出すことをやっておかないと、ああしたほうがいいかな、こうしたほうがいいか、なんて考えずに、面白いとか好きだということに夢中になれば、それがいちばんだと思いますよ。
P185
―・・・対談全体の感想を聞かせてください。
充実感をだいぶいただきました。・・・8人の作家さんから共通して感じたのは、やっぱり自分に素直に向き合っていないと、なかなか人を感動させることはできないんだろうなということ。僕が親しくさせてもらっている上籠鈍牛さんという書家さんの書に「正直動山鬼」という漢詩の言葉があって、僕自身とても大事にしているんですが、その意味は「自分の心が正しく素直であったら、山の神をも感動させる」だそうなんですね。今回のこの対談企画で〝自分の心が真っすぐであることが、人に何かを伝える時の第一条件〟だということを、改めて一人ひとり違う形で示してもらったような気がしています。
ところで3日ほどブログをお休みします。
いつも見てくださってありがとうございます(*^^*)