個と個人

横尾忠則対談集 芸術ウソつかない (ちくま文庫)

 この辺りは、前に読んだ時も印象に残った気がします。

 

 こちらは細野晴臣さんとのお話です。

P51

横尾 ・・・「これが僕のスタイルです」って固めていくことが芸術、創造だと思ってたのが、そうじゃないんだと。以前は自分を出そうとしたけど、全然出す必要なくなったの。そうなるとすごく楽だし、なんぼでも描けるから。

細野 いい状態ですね。

横尾 「賛成してもらう」とか「認めてもらう」ために描くのを一切やめたから、解放された気持ちよさがあるんですよ。認めてもらわなくてもいい状態に自分を置くと、すごく楽になる。

細野 そうか。それはもう、ある到達点ですね。

横尾 出発点かもしれない。子供って様式とかスタイルなんて持ってないじゃない。

細野 うんうん。そういえば、ヤキ・インディアンのドン・ファンという呪術師が、呪術師のことを戦士って言ってるんだけど、「戦士になるには、プライドを捨てろ」と。この世の人間は、プライドをキープするために、すごいエネルギーを使ってるから、本当のクリエイティブなことをするエネルギーは残されていないというわけですよ。

横尾 僕は自意識なんて、屁のツッパリにもならないと思う。

細野 屁のツッパリね(笑)。

横尾 自意識ほど、自分を狭くして、生きにくくしてるものはないんじゃないかしら。

細野 でも、みんなそれを大事にしてますよ、相変わらず。それが自分だと思ってる人がほとんど。

横尾 何もないのが自分じゃない?あるのが自分というのは幻想で。植物とかは自意識をもってないと思う。火がついて燃えたら燃えたままで、風が吹いて枝が折れたら折れたままでしょう。だから自意識も出したほうが問題で、宇宙意識と向かいあっていればいいと思うよ。

 

 こちらは中沢新一さんとのお話です。

P64

横尾 人間って過去でも未来でもない現在の中にしか存在できないわけで、故郷の模型屋のことで自分が過去に執着して生きてることに気づかされ、さっき「個」と「個人」という言い方をしたけれども、今、自分自身に説明するのにその考えしか浮かんでこないんだ。

中沢 だから、想像力や過去への執着など、心が渦巻いて想起している状態だよね。この状態っていうのはまだ「個」というものが不完全な状態だと思う。

横尾 「個」って普遍的なものだよね。

中沢 普遍的なものっていうか、心が追い求めている執着とかが縮小していって点になった時、つまり「個人」が点になって普遍的なものと直接向き合った時。横尾さんは恐らくそういうところに来てて、想像力なしにまっさらな気持ちでモノを見ることができるようになってるんじゃないかな。

横尾 モノを創るっていうのは「個人」の発想からの出発だけどね。

中沢 うん「個人」かもしれないね。

横尾 そう、エゴがないとできないから。それで「個人」を追求していって長いトンネルを抜けたところに普遍性と繋がる何かがあると思ってたわけ。でも、実はそうではなくて「個人」が「個」に変わっていかない限りいつまでも普遍化しないことに気づいた。

中沢 人類的にそのことに気づきはじめているんじゃないかと思うんだけど……。ベルリンの壁崩壊みたいなのがまさにそれですよ。それまではドイツとかフランスとか国家単位はエゴの集合体だったわけで、戦争とかオリンピックをやったりする。それがいわば「個人」に相当していて、あの崩壊はこれから先、そういことは通用しなくなりますよという暗示みたいなものになっていた。それを全人類が見ちゃったものだからすごく影響を受けてるような気がする。まだ、深いレベルまで浸透してないけど、エゴで形成されてた集合体っていうものがどんどん解体されていった時、つまり「個」となって普遍に直面した時に人類はどう対処していくのかなって。今その過渡期なんじゃないかな。

横尾 オリンピックの話が出たから言うけど、マラソン高橋尚子選手がシモン選手と競り合ってたじゃない。あのあと彼女はインタビューで「いつまでも一緒にシモンと走り続けていたかった……」って。普通、ああいう局面って相手のペースとか呼吸の感じとか駆け引きがあるものだけど、それがない。もしかしたら、あのまま一緒にゴールしたかったのかもしれないわけでしょ。だから勝負師としての、あるいはスポーツ選手としても彼女はどこにもいなくて、「個」としての高橋尚子だけが存在していた。走っている時彼女は「個」になっていたという感じをふと受けたのね。シモンのほうは虎視眈々と前を狙っていて、完全に「個人」がレースをしていた。そのことが明暗を分けたんじゃないかって思う。

 ・・・

 彼女はすごいところにいっていたと思うよ。それは、肉体を通した発想というか思考というか、何て言葉であらわせばいいのかわからないけど、とにかく肉体とは無関係ではなかったと思う。トランス状態っていうのとも全然違う。

 ・・・

 ・・・

横尾 僕は直感に従うタイプでしょ、でもそれだけではダメでそこに理性を介在させないと……。介在させることによって、理性ってこんなに面白いのって思えるくらいすごく面白いわけ。もっと言うなら、直感と一体になってる理性みたいなものだね。

中沢 理性はもともと直感と一体のものですよ。理性が発生してくる根源のものは。

横尾 直感が働くと、その第一波を理性が判断するわけ。その時の理性がすごく心地いいというか……。そうすると第二波がくる。第一波の直感が揺るぎないかと、また理性が判断するんだけど、その時の理性は最高だね。