エプロン手帖

エプロン手帖 (一般書)

 平野レミさんのエッセイです。

 なんともいえない温かさを感じつつ読みました。

 

P90

 前にも書いたけど、私が小さいころ、松戸の実家では鶏を飼っていた。三十羽くらいいたかしら。毎朝卵をとるのが私の役目だった。鶏小屋の小さな窓から手をつっこんで卵をさがす。宝さがしみたいにワクワクする。まだあったかい卵をカゴにとって、帰ってあつあつご飯の上にポンと割ってかけて食べ、そして学校へ。楽しい少女時代だった。

 あのころは鶏を飼う人が多くて、近所でもたくさん飼っていた。ある日、うちの鶏が一羽、小屋をぬけ出して道を横切って、近所の家に入ってしまった。そのうちも鶏を飼っている。私が「すみません、うちのトリが入ったんですけど」と言うと、「さあ知りませんねえ、ここにいるのはうちのトリだけですよ」と答える。それで私が「コーッコッコッコッ」と鳴きまねをすると、中の一羽が「コッコッコッ」と言いながら私の前に出てきた。まさしくうちのトリだった。私はその子をつれて家に帰った。

 

P110

 料理をおいしくするコツは、味つけももちろんですが、気分よく食べることも大事だと私は思います。どんなにおいしい料理だって機嫌の悪いときに食べたのではおいしく感じられません。気分というのも立派な調味料です。

 味以外に、料理をおいしく感じさせるものの一つに、食器があります。同じ食べ物を盛っても、器が変われば気分も変わってきます。おっかけ茶碗でご飯を食べるより、美しい茶碗で食べたほうがおいしいに決まっています。

 でも、おっかけ皿でおいしい料理、という思い出もあります。私の祖父はスコットランド系のアメリカ人で、カリフォルニア州のサン・マテオという町のお墓で眠っています。そのお墓を私と夫がアメリカ旅行で見つけ、それまでアメリカに行ったことがなかった父をお墓参りに連れていき、しかもアメリカの親戚まで見つかりました。あちらも日本人に親戚がいたというので、驚いたり喜んだりして、食事に招いてくれました。野生のラクーンが庭で遊んでいる立派なお邸の、立派なディナーでした。ところがメインのお肉がのっていたお皿は、縁がかけていたのです。私は、どうしたんだろう、と不思議に思いました。実は歓待されていないんじゃないかとも一瞬思いました。ところが日系のメイドさんが日本語でそっと教えてくれたところによると、そのお皿は百年以上前のもので、その家に代々伝わっていて、いちばん大事なお客さんにだけ出してくれるのだそうです。それを聞いて、一見みすぼらしいおっかけ皿が、急に美しく輝いて見えたのでした。