優しさの場所

加油(ジャアヨウ)……! 五輪の街から (朝日新書)

 図書館の棚を眺めていて目に留まり、読んでみました。

 北京五輪の周辺取材物語で、文化や情報や環境など色々なものによって価値観や考え方が違ってくる、ほんとにいろんな人がいる・・・ということが興味深かったです。

 

P110

 ゆうべ、成都の街でちょっと面白い出来事に遭遇した・・・かなり間抜けな、しかし、日本と中国の「違い」を象徴しているような、忘れがたい出来事だった。

 ・・・成都市内で夕食をとったのである。Y記者と李さんと三人そろってテーブルを囲むのは、これが初めてである。・・・薬膳料理の店に出かけた。

 美味かった。ことに烏骨鶏をまるごとグツグツ煮込んだ鍋仕立ての薬膳スープは、薄味なのにコクがあって、まさに滋味あふれる味だった。量も多い。というか多すぎる。・・・女性二人と、食べ過ぎを厳に慎まなければならない痛風持ちのオヤジでは、とても食べきれない。

 残ったぶんはホテルの部屋に持って帰ることにした。僕たちだけではない。まわりの皆さんも食べ残しはどんどん持ち帰っている。お店のひとも慣れたもので、皿に残った料理を一目見ただけで、サイズによって何種類かある持ち帰り容器の中からぴったりのものを選んで持ってくる。・・・

「スープも持ち帰りましょう!わたし、あとで飲みます!」とY記者が言った。それはさすがに無茶なんじゃないか……と僕はためらったのだが、彼女は「コラーゲンです!わたしの肌にはコラーゲンが必要なんです!」と譲らない。

「でも、液体だぜ?」

「なんとかしてくれます!」

 Y記者はさっそく李さんを通じて、お店のひとにスープの持ち帰りをお願いした。

 さて、ここでどんな容器が出てくるか。

 密閉容器を持ってきて、容器代を追加請求するか。あるいは、紙コップにスープを注いでラップで蓋をするか。僕の予想ではこの二つのうちのいずれかだったのだが、中国恐るべし、しばらくたって戻ってきた二人連れの女性店員の手には、レジ袋があったのである。

 唖然とする僕たちをよそに、一人の店員が二重にしたレジ袋の口を広げ、もう一人の店員が鍋を持って、レジ袋に鍋の中身をどぼどぼどぼどぼどぼ……っ。

 ムカッときた。残飯じゃないんだぞ、と文句をつけたくなった。

 ・・・もうちょっとなんとかしてくれよ、と言いたい場面にしばしば出くわしてしまう。

 やれやれ、今夜もそのパターンかよ……と・・・たぷたぷとふくらんだレジ袋を膝に置いたY記者が、不意に声をあげた。

「シゲマツさん、お湯です!」

「うん?」

「お湯が入ってます!」

「スープだろ?」

「じゃなくて……レジ袋の間にお湯が入ってるんです!」

 レジ袋を二重にしたのは、熱くて重いスープを入れても耐えられるようにするため、ではなかった。保温用である。スープを熱いまま持ち帰れるように、との気づかいだったのである。

 うーん、とうなった。

 まいっちゃったなあ、と首をひねりながら苦笑した。

 僕が店員なら、やはりいくらなんでもレジ袋は使わないはずだ。その代わり、冷めないように、という発想もなかっただろう。

 ・・・これ、どちらが「正しい」かの話ではないだろう。発想や価値観の「違い」なのだ。優しさの「違い」だと言ってもいい。

 さっきの僕はレジ袋を見ただけで、店員の優しさのなさに憤然とした。

 だが、彼女たちの優しさは、僕には思いもよらないレジ袋の中にひそんでいた。

 ・・・優しさが「ない」のではなく「場所が違っていた」だけなのだ。

 

 

 ところで、ライフラインのお手伝いに行ってくるので、

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一週間ほどブログをお休みします。

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