高倉健ラストインタヴューズ

高倉健ラストインタヴューズ

 こちらも興味深く読みました。

 

P40

―以前、『ディア・ハンター』(一九七八年)に出てくるロバート・デ・ニーロの演技が主役の演技だ、あれは機関車みたいな演技だと話されていたのを覚えてますか?

 デ・ニーロの機関車の演技?ああ、ありがとう。よく覚えている。

 あの映画のデ・ニーロは機関車です。他の俳優さんを見事に引っ張っていた。脇にまわった人のことをよく見ていて、目で相手の演技を引っ張り出す。キャメラに映っていないときでもちゃんとそうやっているんだ。本人に会ったとき、「ケン、おまえもそうだろ」と言われたことがある。ただし、僕にそういう引っ張る演技ができるかどうかはまた別のことです。

 ・・・

―では、高倉さんはいつごろから機関車みたいな演技ができるようになったのですか?

 いやいや、できていませんよ。まだです。ほんとだよ。

 ただ、気づいたことはあるんだ。

 まわりのみんなが気持ちよくできるように演技では気をつかわなきゃいけないんだなって。人が速く動くところは自分はゆっくりと動く。速く動かなきゃいけない人をより速く見せるようにする。

 殺陣で速く動いている人に対抗して自分も速く動いたら、それはちょっと芝居ではなくなるんじゃないか。それは単なる競技ですよ。

 

P46

―俳優の安藤(政信)さんはつねに高倉さんが出るシーンを見学に来ていました。

 いいねえ。僕は彼と必ずまた仕事をすると思いますよ。なんかガッチリ組んだものをあいつとやってみたいなって。

 安藤くんは僕が好きな芝居してますよ、目立たないけどね。目立たないで実力をずっと出してる。力のある、ずるい芝居をしてますよ。

 安藤くんはみんなに気をつかっていたね。気をつかってないやつがどれほど気をつかってるような素振りをしても、それは素振りだから通じない。素振りがうまい俳優はいっぱいいるんですよ。気は本当につかわなきゃ通じないんじゃないかな。

―安藤さんはいつも撮影所にいました。

 そういう積み重ねですよね。そういうのがやっぱり出てくるんです。何も準備しないでいきなりやって来たって、映画に溶け込めないでしょう。

 広末さんも走っていたね。幼いですよ、まだまだ。経験も少ないし、年齢的にも若い。でも、走っていた。薬師丸(ひろ子)さん、宮沢りえさんもそうだった。走ってました。走ってるやつが好きです。なんでもしてあげたくなる。走ってるやつを見ると、いいなあと思うんです。

―走っているというのは?ほんとに走ってるんですか、撮影所のなかを?

 あのね、野地くん……(苦笑)。ほんとうに撮影所をドタバタ走ってるという意味じゃないよ(笑)。気が入っているってこと。絵には走ってる人しか映らないんですよ。絵に残るのは気が入ったやつだけ。キャメラマンだって、気が入っている俳優を撮りたいんだから。

 気とは一生懸命さとはちょっと違うんだ。たとえば、僕は昔のほうがむしろ一生懸命だった。でも、からまわりしていた。映画に気が映っていなかった。

 何が変わったのかねえ。人にやっぱり気をもらってるということを感じるようになってからかな。自分の気で自分が動くんじゃなくて、人の気をもらうから自分が動ける。

 ・・・気をもらうと、鳥肌が立ちます。思わず我を忘れてしまう。ただね、あんまり気を入れてもダメなんだ。それだとやっぱり終わったあと傷つくから……。

 

P142

 うちに来たとき、高倉さんはご自分の気に入っている刀を持ってきて、「こういうイメージで新しい刀を作ってほしい」とおっしゃった。それで刀を打ちました。できあがったのは翌年です。平成七(一九九五)年でした。

 ・・・

―高倉さんは、宮入さんに刀鍛冶の仕事についてどういうことを聞いたのですか?

 高倉さんて、基本的には何も聞かない人です。感じたことをしゃべるだけ。それが高倉健です。あの人の周りにはいろいろな方がいらっしゃると思うのですが、高倉さんに向かって話す人はまずいないでしょう。高倉さんにとっては、そういうのは迷惑なだけじゃないでしょうか。僕はそう思う。

 高倉さんて、自分が感じたものをどんどん蓄積していって、それでどこかで一気にばーっと吐き出す。そして、また新しいものを注入していくことを繰り返しているのでしょう。だから、その時々で興味のあるものが変わる。つきあう人も変わる。遠くから見ていると、絶えず変わっていますよね。あの人に、こちらの生きざまなんかをとうとうと話したら、嫌がって、すーっと離れていくと思います。

 高倉さんの刀の見方は直感的です。刀に限らず、美術品でも人間でも直感で判断しています。一瞬にして、見た印象をばっと言う。それが本質とそうはずれていない。ですから、打った刀を見せて「ああ、恵ちゃん、今回のこれ、美しいね」と言われると、いちばんほっとします。

 ・・・

 高倉さんは僕が貧乏しているとずっと思ったようです。お目にかかると、「恵ちゃん、何か欲しいものないのか」って聞かれる。

「いや、ないです、それは本当に、もう自分はとても満たされているし、何か品物で欲しいものはありません」

 そう答えました。

 高倉さんは嬉しそうな顔をしましたよ。

「恵ちゃん、君は幸せな生活を送っているんだ。そういうことだよ」

 そのとき、僕はお金の話をしたんです。正直に言うと、お金はとても大切だと思う、お金はあると振りまわされるし、なくても振りまわされる。ほどほどにあるのが一番ではないでしょうか、と。