すべての始まり

すべての始まり どくだみちゃんとふしばな1 (どくだみちゃんとふしばな 1)

 吉本ばななさんが、メルマガに書いた文章をまとめた本です。

 大事だなと思うことがたくさんありました。

 

P13

 現代は時間がびゅんびゅん過ぎていくようにできているみたいだ。

「宇宙のひも」のせいなのか(むつかしいことはあまりよくわからないからてきとうにしか認識していません)、ネットとかスマホとかSNSなどで忙しくなっているからなのか。

 できることならもちろん静かなゆっくりした時間がほしい。

 その場のムードに流されないで、とりあえず返答したその返事に落ちついてしまわないで、自分はほんとうはいったいどう感じているの?というのをいちいちしっかりわかりたい、と思う。

 ・・・

 幼い頃から四十年くらい毎夏、伊豆の海に家族で一週間ほど通っていた。

 晴れていれば一日中泳いでいたし、旅館だから朝食と夕食の時間が決まっていてなにかと慌ただしいけれど、いったん雨が降ってしまうと海辺の田舎町ではなにもすることがない。

 ・・・

 そのとき部屋にいっしょにいたのは、友だちや親戚や事務所の人や恋人。あるいは両親の仕事関係の人たちや、母の友達や、そのまた家族や顔見知り。退屈を共有しながら、話をしたりたまに黙ったり、それぞれのことをしたり、飲み物を作ってちょっと休憩したり。

 今となっては懐かしい、体さえだるくなるほどの退屈さだった。

 ・・・

 ああいう時間を持つことはこの慌ただしい現代において、実は瞑想やヨガの「本質」に近づくことなんだと思う。

 まず全てが波立っていて落ち着かない段階から、やがて精神が静止して眠気に入っていく、その真ん中のような静かに澄んだ時間。

 そこにはだるさと退屈さの壁があり、そこを極めつくしてふっと抜けると異様に広くて気持ちのいい空間が広がっている。

 そのだるい時間を罠と捉える人もいれば、なにかへの入口だと気づく人もいる。

 その広々とした空間にアクセスする時間を短縮することができれば、達人に近づいていく。

 

P34

 ・・・ある種の人は、私といるだけで自分の中のなにかが見えてしまて、つらくなってしまうらしい。

 それは私がすばらしいからでは決してなく、私にあまりにも裏表がなさすぎることで、いつのまにか鏡みたいな役割をしてしまうからみたいだ。

 そして親とか友だちを恨むような深い気持ちを投影して私を恨むようになる。

 そういうことが何回もあった人生だからこそ、傷つくというよりも、ただこつこつやるしかないと思うようになった。どうしても心の素顔を見られたくない人、見てしまったら怒りだす人というのが少なからず存在することも知った。

 尊敬している「兄貴」丸尾孝俊さんはこう言っていた。

「自分がひとりでいる姿と、人前にいる姿のギャップを極限までなくし、近づけたらいい」

 昔は、そんなこと絶対ムリだと思っていた。でもだんだんわかるようになってきた。・・・

 ・・・

 裏表や、本音と建前や、表向きと裏向きの顔や、身内だけの噂話や。

 そういうルールの中に生きていきたい人もいると思う。そんなゲームとして人生を楽しむのもひとつの生き方だ。でも、私はそのタイプではなかった。

 あきらめてそういうものをどんどん減らしていったら、どんどん自由になった。

 ・・・

 それぞれに合う世界があって、だれも押しつけ合わなかったらいいと思う。

 ・・・

 ・・・その役割分担こそが人類の美しいところでもある。

 ・・・

 いちばんだいじなことは「向上心」なんていうものに惑わされて、自分の役割以外のことにうっかり手を出さないことだと思う。

 

P55

「天空の森」というとても変わった、そしてすごく値段の高い宿泊施設がある。基本的に他のお客さんとは一切会わず、広大な山の中でただ一晩を過ごす。

 取材で社長にインタビューをしたので半日そこで過ごしたことがあるが、すばらしかった。

 そこではなにもかもが調和していた。企画だけが先走っているのでもないし、価値観の押しつけもない。高いからってどんなわがままも聞いてくれるわけでもない。

 ではそこにはなにがあるのか。なんで全てが調和しているように感じられるのか。

 ・・・

 私はいろいろな角度から聞いてみた。彼のヴィジョンは常にはっきりしていた。こんなときにこうしたいでしょ、こういうのが見えたらこうであってほしいでしょ。こういうのは感じよくないでしょ。

 私はふとどうしても聞きたくなって、

「どうしてトイレのメーカーはこちらなんですか?」

 と聞いてみた。

「だって、ここしかいいところがないんだもん」 

 彼は言った。

「ですよね、私の家のトイレは作りつけで、メーカーは何々なんですけれど、なんだか掃除しづらいのと、使いづらくて、お金が貯まったら付け替えようと思って」

 私は言った。

「それはねえ、絶対取り替えたほうがいいよ!だって人生の中でトイレにいる時間は長いんだよ。そのほんのちょっとのことが、すごく大きいってわかるから。その数十万がどんなに意味があったか、後でわかるものなんです。まず変えてみましょうよ!小さなところを変えたことで見えてくるものがとってもだいじなんだから」