気づき

下北沢について (幻冬舎文庫)

読みながら何かを感じたところです。

よしもとばななさんの作品、これからも楽しみです。

 

P118

 そのときの私は若くてがむしゃらに遊んではいたけれど、なにを学んでいるのかわかっていなかった。どこに住みたいということなど夢物語に過ぎなくて、パスポートを取ることさえ考えてもみなかった。そして自分の人生にまっすぐ向き合うことさえできなかった。どう生きたいのかなど考えることもできず、まずは作家になろう、とにかく文章のプロというものになろう、そうすればそこから小説が自分をどこかに連れていってくれると思っていた。

 そして半分はほんとうにそうだった。いや、半分以上かもしれない。小説はいつのまにか私を世界中の街に連れていき、世界中の様々な人の涙や笑いを見せてくれた。

 そのことを単に恵まれているとか、羨ましいとか、才能に導かれているのだからそれだけでいいではないかと思う人もきっとたくさんいるだろう。

 しかし私の人生はどうだっただろう?私のしたかった暮らしは?

 それが小説を書くことだけとイコールではないということを、ただただ必死で走ってきた私はやっと最近、ほんとうに気づくことになった。

 そして私は「今あの若き日に戻れたら」というだれもが当たり前にする後悔を平凡に抱きながらも、今からの残り時間、猛然と楽しんでやる!と思っている。

 あの時よりも財力も人気も体力もないかもしれない。でも、そんなことではないということを私は痛いほど知っている。財力も人気も体力もあったのに、私はいつも自殺寸前の状態にあったように思う。気づいた今、この残り時間は神様が私にくれた時間だ。

 そう思うと、幸せのあまり陶然となってしまうのである。

 気づいてよかった。そしてこれから書くものは全部、私のように人生の姿が見えなかった人に気づきを蓄積するために書けるといいな、と思う。