品格

勝者の思考回路 成功率100%のブランドプロデューサーの秘密 (幻冬舎単行本)

 品格、ふだんあまり意識したことがありませんでしたが、人はどこで品格を感じているんだろう?と思いました。説明できなくはないかもしれないけれど、五感を越えたところで感じでいるような気も?

 

P125

 私の父は、普段は経営者として忙しくしていたけれど、休日には家族との時間をとても大切にしてくれました。

 仕事で疲れているはずなのに、楽しそうに歌を口ずさみながら家中を行進して私と妹を起こしてくれるような父でした。朝ごはんをみんなで食べて、日中は庭の芝刈りや草むしり、花壇の手入れなどをして過ごし、夕方になるとおしゃれして横浜の中華街にご飯を食べに行くというのが、休日の我が家の定番パターンでした。

 出かけるときには、両親はお互いの装いがちぐはぐにならないように気を遣い合うほど仲が良くて、子ども心に羨ましく思ったものです。

 私が社会人になり、役員秘書として働き始めた頃、我が家は片瀬江ノ島の敷地200坪以上ある豪邸でした。恵まれたお嬢さんです。

 ところが、そんな私にとんでもないことが起こりました。

 その日は、仕事を終えて友人と横浜で映画を観ていました。すると、母から「すぐに帰ってきて」との電話。尋常ではない様子なので急いで片瀬江ノ島の家に向かうと、見るからに怖い感じの男の人が50人前後いて、父がその人たちの前で土下座していたのです。

 ・・・どうやら、父の事業が失敗したらしく、莫大な債務を負ったようです。

 ・・・私たち一家は、その日の夜、白くて汚いバンを1台与えられ、持てるだけの荷物と一緒に家を追い出されました。

「ここにしばらくいろ」と一枚の紙を渡され、夜逃げのように向かった先は、車を2時間くらい走らせたところだったでしょうか。木賃宿が立ち並ぶような街でした。カギもろくにかからず、いきなり誰かが入ってきてもおかしくない恐ろしい部屋でした。

 見たこともない光景に、心臓が飛び出しそうで、手も足も震えていました。

 ・・・

 ぜいたくをして能天気に暮らしていた私の生活は、この日から一変しました。

 ・・・

 ・・・自分の身に起きていることを頭の中で消化し、良い行動に移すまでには、それから何か月もかかりました。

 ・・・

 このときの忘れられないエピソードが・・・コンビニに寄ったときのことです。そこで私が買ったのは、妹が好きそうな菓子パン。前日から私たちは何も食べていなかったからです。車に戻って妹に「はい」とパンを渡すと、妹も笑いながら私にパンを差し出しました。妹は私の好物の菓子パンを買ってくれていたのです。これから先の生活を考えると、無駄遣いのできない私たちは、なけなしのお金で、お互いのためにひとつずつパンを買いました。

 このときの話は、今でもほとんど人に言うことはありません。

 そして、江ノ島の家があった近辺には、20年以上経った今でも、まだ行くことができません。

 ・・・

 それでも私は、この世に乗り越えられないことなどないと言いたい。あれほどつらかった日々は、後にも先にもありません。毎日どれだけ「ポジティブな方向に頭を回転させよう」としても難しかったのですが、半年も経てば徐々に変化が出てきました。少しずつでも前を向くことができるようになっていきました。

 ・・・

 私は、我が家で起きたことも、ひどく落ち込んでいることも、両親が自殺しないか心配でならないことも、会社の誰にも言わず、隠していました。

 ・・・

 私は外では明るく振る舞っていたので、おそらく、仕事仲間にも友だちにもバレてはいなかったはずです。そんな中で、勤め先の社長だけは私の異変に気づいていたのです。あるとき社長室に呼ばれ言われました。

柴ちゃん、あなた何かありましたか?僕はいつでも味方ですからね」

 この一言に、胸がいっぱになり、「いえ、何もありません」と答えるのが精一杯でした。・・・

 その後、何年も経ち、私はいくつかのプロジェクトを成功させ、やがて会社を辞めることになります。そのときは、すでに秘書ではありませんでしたが、社長に挨拶に行きました。

「社長はもうお忘れかもしれませんが、以前、『いつでも味方ですからね』と言ってくださいました。実はあのとき、父の会社が倒産して大変だったんです。でも、恥ずかしい気持ちがあって言えませんでした。誰も気づかなかったのに、気づいてくださって死ぬほど嬉しかったです。このことについて、会社を辞めるときに必ずお礼を言おうと思っていました」

「社長はいつも私のことを『僕のかわいいお嬢様秘書です』とお客様に紹介してくださいましたが、そんなわけで、もう私はお嬢さんではありません」

 すると社長はこう言ってくれました。

「あなたは、昔も今もあのときも、変わらずお嬢様ですよ。人は品格がすべてです」

 私はその言葉をとても嬉しく感じるとともに、このとき以来「品格」というものについて、深く考えるようになりました。私の人生において、追い続けなくてはならない、ゴールのないテーマだと思っています。