96歳のピアニスト

96歳のピアニスト

 元気が湧いてくるような明るいエネルギーをもらえる本でした。

 100歳の今も現役ピアニストとして活動されています。

 

P14

 毎朝、東の窓から差し込む朝日で目が覚めます。

 朝の光って本当にきれい。そして、窓の外を眺めると空がパーッと開けていて、ああ、気持ちがいい。

 こんなとき、家を新築してよかったと思います。

 2010年11月、90歳になるのを目前として新居が完成しました。

 それまで住んでいた家は築80年の木造で、あちらこちらにがたがきていたんです。

 部屋数が多く、何年も使っていない〝開かずの間〟がいくつかあって、マネージャーがチェックしたら「床が抜けている部屋が3部屋もある」という老朽ぶり。

 格別、新しい家がほしかったわけでもないのですが、よく知る方が、「震度3の地震がきたら、たんすが倒れて潰されちゃうわよ」と脅かすので、それもそうだなと思いました。

 引っ越しも考えたのですが、グランドピアノが2台入る家というのはめったになく、それなら家を建てようということになったんです。

「90歳になろうというときに、よく決断されましたね」ともいわれますが、「あと何年、住めるかしら」などとは考えませんでした。これも最後の贅沢ね、という感じ。きっと私には「ふつうの90歳はこう」といった常識がないのね。

 だからいつもケ・セラ・セラ。

 新居に引っ越してから3か月後に東日本大震災がおこったので、みなさんからは「滑り込みセーフでしたね」といわれました。確かに、以前の家だったら、どうなっていたかしら。それを考えると、ちょっとドキッとします。

 家を建てる際、「グランドピアノが2台入る」ということ以外、設計士さんにはほとんどリクエストをしませんでした。・・・

 ただし、もうひとつお願いしたのは、「私、2階で寝たいわ」ということでした。

「お年をめした方の多くは、移動がラクな平屋を希望されますよ」といわれましたが、いえいえ、私はぜひとも2階で寝たかったのです。

 というのも、うちの両親は、関東大震災を経験しているので、昭和5(1930)年に家を建てるときに「二階屋だと、1階が潰れて恐ろしい」ということで平屋にし、「瓦も落ちると危ないから」と屋根はスレート(粘板岩でできた薄い板)にしたんですね。

 ・・・

 ・・・屋根に登ると空気はいいし、景色はいいし、「私、死ぬまでに一度でいいから、2階で寝たいわ」と思っていたんです。だから今回、ぜひ、その夢を実現させたくて、寝室は2階にしてもらいました。

 設計士さんはいろいろ気を遣って、2階に上がるためのエレベーターを設置したり、2階にもトイレを設置してくれたり。そのほかにも「ゆくゆく車椅子になったときにも便利なように」と家じゅうの段差をなくし、トイレや洗面所は広めにしたりしてくれたんです。

 最初の数年は、歩いて階段を上がったほうが早くて、エレベーターはめったに使わなかったんですよ。でも、ここ最近は、エレベーターがあってよかったと思っています。さすが設計士さん、先を見越していたんですね。

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 新しい家になったら、台所のガス台やバスルームの給湯の使い方などが変わったので、周囲の人たちは「当面、誰かが泊り込まないと、老人には使いこなせないのでは」と心配しました。

 そんなものかしら……と思いつつ、ひと晩、知人に泊まってもらったのですが、今の機械ってそんなに使い方は難しくないのね。それに、私はずっと独り暮らしなのでひとりでも不安はないし、そのほうがかえって気楽。泊まっていただいたのはひと晩かぎりで、あとは自分でなんとかできました。

 それに、なにもかもが新品ピカピカってわくわくします。家が新しくなったら私の気分まで一新されて、なんだか一段と元気が湧いたんです。

「環境が人をつくる」って本当ね。

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 ピアノを弾いているか、食べているか、寝ているかの生活。

 だから、〝食〟は私にとってピアノに次ぐ関心事であり、重大事。週に2,3回はお買い物に行き、食事は三度三度、自分でつくっています。

 ただし!みなさんは「長寿を目指して、きっと何か身体にいいものを食べているにちがいない」とお思いのようですが、がっかりさせてごめんなさい。

 自然発生的には96歳ですが、気持ち的には年齢不詳。私自身は年のことなんてちっとも考えていないので、「健康にいい」とか「身体にいい」とか、なにも気を遣っていないんです。

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 自分の身体に「あなた、何が食べたい?」と聞いて、身体がおっしゃるままに、好きなものを好きなときに食べるのが私流。

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 先日、胃の具合が悪く、身体が「食べたくない」というので数日、絶食したんです。「えっ、絶食なんて危ないことを!」とマネージャーにはしかられましたが、これも「体調リベラリズム」。私ってきっと野生動物に近いのね。動物って食欲がなければ食べないでしょう?それに、脱水にならないよう、水分だけはちゃんと摂っていましたから。

 さて、ようやく食欲が出てきたとき、何を食べようかしらと考えました。

 以前、同じように絶食したあとに「お肉が食べたいわ」と牛肉を焼いて食べたら、それまで身体がフワフワしていたのに、階段をトントントンッて上がれてビックリしたんですよ。お肉のパワーってすごいわね。

 でも、その話を知人にしたら、「空きっ腹にいきなり肉なんてとんでもない」といわれたので、今回はおりこうさんにして、お粥からスタートしました。