日本のすごい味

日本のすごい味―土地の記憶を食べる―

 平松洋子さんのエッセイを読みました。お正月に似合う本でした(^^)

 

P20

 わさびのことをわかっていなかったことが、とてもよくわかった。以前、「きれいな水さえあれば、わさびは育ちます」とわさび農家の方が言うのを聞いて、鵜呑みにしてしまっていた。

 伊豆半島の南、下田市に合併されるまで稲梓村と呼ばれていた山間。「まるとうわさび」を訪れたのは二月下旬、山全体が冷えびえと凍っていた。・・・

 ・・・

 気を抜くとずるっと滑り落ちそうな斜面をつたってわさび田に入り、また驚く。足もと一面、水がさわさわと揺れている。石垣をつたって流れてきた水が滞りなく下方へ流れ降りてゆくのだが、この厳寒のなか、手足を長時間水に浸して冷えもいとわず収穫を行っている。

「ここは昭和三十年代、水質のいい上流の水を求めて、三代めの父が原野を拓いた場所なんです。わさび田の底には大きな石、その上に粟石(中石)、小石、砂を水平に重ね、下層まで水が浸透する構造になっています。一枚一枚の田にまんべんなく水が回るよう、微妙な勾配をつけて設計してあるんですよ」

 智也さんの説明を聞きながら目を凝らすと、なるほど、わさび田そのものが知恵、労力、執念の結晶として映る。父の太刀雄さんはあらたなわさび田を求めて来る日も来る日も山へ通い、ツルハシで岩を掘り出し、山の斜面と格闘しながら少しずつわさび田を整えていった。立ってみればわからないが、足の下に積み重ねてある大きさの違う石は、あらかじめ石箕と呼ぶザルで濾してあり、自分たちで大きさを選別したものだという。砂も、あらかじめ洗ってある。そこへ、つねに水が注ぎこむよう引き込んだ清流が流れてきて地面を浄化し、砂や小石のすきまに根を張ったわさびは水中に溶けこんだミネラル分や酸素を吸収しながら育つ。・・・

「わさびはとてもデリケートです。水が多くても少なくてもだめ。水量の管理がむずかしく、雨量や天候によって、上流の水量を調節します。田によって環境も異なります。・・・」

 ・・・

「いつもぶつぶつ喋ってます(笑)。自分の仕事を自分に確認しているんですねえ。わさびの仕事は複雑で、こうしていっしょに働いていても、私にはいまだによくわからない」

 雅子さんが苦笑いする。東京で育ち、出版業界で仕事をしていた雅子さんが恋愛結婚をして飯田家に嫁ぐと、「何十年ぶりに集落にお嫁さんが来た!」。大ニュースが村をにぎわせた。都会での生活に疲弊していた雅子さんは、夫の片腕となって働くうち、体重が十キロ以上するすると落ち、てきめんに体調がよくなったという。ただ丸かじりするだけでおいしい畑の野菜、きれいな水、澄んだ空気。山の生活が合うのだろうか、と心配した友人も多かったけれど、「私がいちばん贅沢をさせてもらっている」というのが、結婚十五年めの雅子さんの実感だ。

 ・・・

 土地に合う種づくりもまた、質のよいわさびを育てるための土台だと考えている智哉さんは、一定の品質を保つためにバイオ技術によるメリクロン苗も導入、品種改良の研究に余念がない。

 とはいえ、ここまで神経を遣わなくてもとりあえず育つのもわさびである。しかし、自分がわさびづくりに集中するには理由がある、と智哉さん。

「焼き鳥屋さん、蕎麦屋さん、鮨屋さん……直接販売を始めたら、お客さんの顔が見えるようになりました。お客さんのことを思うと、適当なことはできない。市場に出荷していたときは、景気や相場の波に翻弄されていたのですが、いまは違う。値段の上下があっても、お客さんは逆に増えました。手を抜かずにちゃんとした商売をしていれば、時代に左右されないんだなあと」

 丹精したわさびを喜ぶお客さんの存在を思うと、いつも励まされるという。・・・毎年台風のシーズンになれば、大雨や濁流でわさび田の水が濁るし、土石流や倒木に見舞われることもしばしば。そのたび、半壊状態のわさび田を家族総出で復旧させてきた。年中出没する猪や鹿には、繰り返しわさび田を荒らされ、自然は手痛い仕打ちを食らわす。

「もう命がけでわさびを育てています」

 実感のこもったリアルな言葉だと思った。・・・

 ただし、ふたりには危機感もある。ふたたび「まるとうわさび」を訪れた四月初め、緑がいっせいに芽吹き、そこは山肌が桜色に染まる桃源郷だった。しかし、このさき村の高齢化が進めば、それなりに土地も荒れてくるだろう。次世代にわさび田が残せるのか、不安がないと言えば嘘になる。

「わさび田の仕事は一年、一年。自分の体力を考えれば、あと十年かな。長い人生のなかで、いまが一番経験と体力が充実している時期だと思うと、思い切り生きなければもったいない気がして。一日ずつ手を抜かず、自分ができる最大限のことをやりたい」

 水は森を育み、海に流れこむ。自然の循環のなかで人間は生きている。わさびづくりを通じて、智哉さんは自分の生き方をこんなふうに俯瞰するようになった。

「今日一日を精一杯生きることが過去となり、それが未来につながる」

 智哉さんが手ずからわさびをすりおろしてくれた。ねっとりなめらか、焼き鳥にたっぷりのせて味わうと、つーんと清々しい辛みが吹き抜けた。どうです、イッパイ飲りませんか。春らんまん、満開の桜の木の下で智哉さんが酒を勧めてくださる。小鉢にはわさび味噌、わさびの花芽漬。雅子さんが、削りたてのおかかに醤油をひとたらし、わさびが主役のわさび丼も出してくださった。透明感を湛えた、目に染みる薄緑色。これほど誇らしいわさびを味わったことがなかった。