人生の土台となる読書

人生の土台となる読書――ダメな人間でも、なんとか生き延びるための「本の効用」ベスト30

 phaさんのおススメ本がたくさん紹介されていて、読んでみようと思うものが色々ありました。

 こちらは穂村弘さんのことが書いてあって、ここまで未経験のことがあるって逆に珍しい・・・と驚いたところです。

 phaさんの「無理にいろいろなことを経験しなければ、穂村弘のようになれたかも」という言葉も「経験したからこそ」というのはよく聞くけど、そうか逆もありかと新鮮でした。

 

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 共感しすぎて嫉妬してしまう。

 本を読んでいると、ときどきそんな気持ちになることがある。

 本というのは自分の思っていたことを、自分よりも上手に表現していることがあるからだ。

 僕にとっては穂村弘の『世界音痴』がそんな嫉妬本だった。

『世界音痴』は、39歳独身、総務課長代理の穂村弘が、「飲み会が苦手だ」とか「人前で自然にふるまえない」といった、世の中のみんなが普通にやっていることに対しての違和感について語ったエッセイ集だ。

 この本を読んだとき、「ずるい」と強く思った。

 世界への違和感なんて僕だって生まれたときからずっと持っている。なのに、どうしてこの本を書いたのは僕ではなく穂村弘なんだろう。

 ・・・

 世界にうまく適応できないダメ人間であることをアイデンティティにしていた僕は、そのアイデンティティを奪われたような気持ちになってしまったのだ。

 穂村弘は、飲み会が苦手だと語る。

 右に座った人と左に座った人。その2人とバランスよく「自然に」話す、ということができないからだ。

 盛り上がってくるとみんなは「自然に」席を移動し始めて、新しい話の輪を作ったりするけれど、それもうまくできない。

 ・・・

 この気持ちはすごくわかる。僕も同じ理由で飲み会は苦手だ。

 自由に楽しむだけの飲み会にも見えないルールがあるのだけど、みんなが(酔っ払いでさえ)「自然に」把握しているそれが、「自分にはまったくわからない」と穂村さんは言う。

人生の経験値」という章では、みんなが人生でやっていることを、自分はまったくやっていない、という話が語られる。

 穂村さんは新しいものを怖がる性格なので、ずっと同じ日常を繰り返していて、新しい体験がほとんどないそうなのだ。

 これもわかる。僕も度胸はないほうなので、何か新しいことをしなければいけないときには、いつもびくびくしてしまう。

 だけど、本に載っている「人生のチェックリスト」を見て、負けた、と僕は思った。

 39歳の穂村弘は、一人暮らしも結婚もしたことがない。

 ずっと実家に住んでいるので、料理も洗濯もやったことがない。骨折も手術も海外旅行も選挙の投票も髪型を変えることも未経験だ。

 それに比べて、僕は一人暮らしも料理も洗濯もしたことがある。投票も海外旅行も髪型を変えることも、ギターの弾き語りや一人キャンプや寮生活なんてものも経験済みだ。

 ひょっとして、穂村弘はいろいろなことが未経験だからこそ、こんなに面白い文章を書けるようになったのだろうか。

 僕はそんなにやりたくないことを、「やったほうがいいのではないか」という世間のプレッシャーに負けてやってしまった、中途半端な人間だったのかもしれない。

 余計なことをやらずに自分の道を貫き通した穂村さんは、その代償として、こんなに面白い文章を書く能力を手に入れたのだ。

 僕だって、本当にいちばんやりたかったことは、面白い文章を書くことだったのだ。無理にいろいろなことを経験しなければ、穂村弘のようになれたかもしれない。

 そんな後悔にとらわれてしまうほど、面白いエッセイだったのだ。

 ・・・

 穂村弘の短歌には生活感や現実感がまったくない。すべてはプラスチックでできた作り物のようにキラキラとしている。

 それは、穂村弘のエッセイが、現実世界への違和感をずっと語り続けていることと、対応している。

 穂村弘は現実が徹底的に苦手だったからこそ、言葉によってこんなにも面白い世界を作り出すことができたのだ。