察する文化もいろいろ

世界の辺境とハードボイルド室町時代 (集英社文庫)

 時代や国や、いろんな文化や国民性を見聞きすると、視野が広がる気がします。

 

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清水 ・・・日本人が交渉下手なのは鎖国の歴史があったからだって言われますよね。

高野 うーん、あるかもしれませんね。ただ僕は、幕末から明治にかけての日本人には交渉能力はあったと思うんですよ。江戸時代は、日本中に小さな国がたくさんあるような状態だったでしょ。各藩によって法律も違うし、人々の気質も違って、言葉も違う。薩摩の人と長州の人と会津の人は、ほとんど外国人同士、今で言うとイギリス人とドイツ人とフランス人ぐらい違ったんじゃないかと思うんですよ。そういう人たちが話をして、幕末の政治を動かしたりしていたわけだから、そこで交渉能力がかなり磨かれたんじゃないかと思うんですよ。

清水 そうか。でも信じてる神様・仏様は同じですよね。僕なんかは、やっぱり近世の日本社会は同質性が高かったような気がするんですよね。

高野 そうですかね。たとえばインドシナ半島だって広い仏教圏ですよねその中にいろいろな国々があるわけですし。イスラムもかなり広大な地域なんだけど、その中にいろいろな国があるわけだから。宗教が同じだからといって、同質性が高いとは限らないんじゃないかな。

 ・・・

清水 あれはどうですか。「空気を読む」とか、「世間体を気にする」ところとか、同調圧力が強いところ。

高野 うーん、そういうのはどちらもちょっとずつ違うと思うんです。「世間体を気にする」というのは世界中でありますよ。ソマリ人もアラブ人も「名誉」や「恥」をものすごく気にしますしね。

 日本人が空気を読むばっかりで自分の思っていることをはっきり言わないとか、議論が苦手というのは、やっぱり異民族に支配されたことがないからじゃないですかね。

清水 やっぱりそうなっちゃうのかな(笑)。

高野 日本人以外でそういうのがすごく強いのがタイ人なんですよ。タイも植民地支配を受けた経験がないですからね。

清水 よく言えば、あうんの呼吸、悪くすると村八分、みたいなところがタイ人社会にもあるんですか。

高野 宮廷政治みたいなんですよね。みんなニコニコして、けっして声を荒らげたり怒ったりしない。・・・人を追い詰めるような行為自体が下品でよくないこととされているんですよね。だから、言葉で相手を論破するっていうことがまったくないんです。で、誰かのことが気に入らないときは、陰でその人の悪いうわさを流したりとか、足を引っ張ったりとか(笑)。

 ・・・

 ・・・それからエチオピア人も面白い。あそこも宮廷みたいですね。イエスもノーもぜんぜんはっきり言わない。・・・タクシーの運転手に値段を聞いても答えなかったりする。「俺に言わせるな、察しろ」っていうことなんです。いや、僕は今来たばかりだから察するなんて無理だって思うんだけど(笑)。・・・

 ・・・ソマリ人の隣に住んでいるのに性格が正反対ですから。

 話を戻すと、日本人が同調圧力が強いというのは、またそれとは少し違って、それこそ応仁の乱前後から連綿と続くムラ社会で形成されたって思うんです。・・・とても面白い本・・・「ミャンマーの国と民」(明石書店)っていうんですが、ここでミャンマーと日本の農村社会を比較しているんです。ミャンマーの農村もぜんぜん豊かじゃないけれど、日本よりずっと風通しがよくて気楽だっていうんですね。それはなぜかというと、日本では村は「生活の共同体」であると同時に「生産の共同体」だというんです。ほら、年貢を村単位で取り立てるじゃないですか。一軒だけ年貢を納められない家が出ると、村全体で肩代わりしなくちゃならなくなるから、どうしても共同体の規制が厳しくなっちゃう。

 ・・・

 ・・・でもミャンマーでは税は個人単位で取るから、誰が何をしようと知ったことじゃない。税金を納められなかったら、その人間が困るだけだから。

 ・・・

 だから、何かあるとすぐ他の土地に逃げてしまうし、移動してしまう。タイ人も宮廷政治みたいに空気を読んだりするけど、嫌になったらさっさとどこかに行っちゃう。