こちらはアストロバイオロジーの達人、山岸明彦さんとお話です。
生命の誕生に理由も意味もない、と考えられているとは、面白いなあと思いました。
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たけし 先生の専門は「アストロバイオロジー(宇宙生物学)」と伺いましたが、そもそもどういう学問なんですか。
山岸 アストロバイオロジーという名前はNASA(アメリカ航空宇宙局)が考案したんです。NASAの定義によると「宇宙における生命の起源、進化、伝播、および未来を研究する学問」ということになっています。・・・
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たけし 先生はもともとは生物学者で、特に地球生命の源流を探る研究をされているそうですね。ひと口に生命と言っても、生命とは何かという定義が難しい。・・・
山岸 生命の定義は、人によって全然違うんですね。・・・しかし一般的に言われているのは、まず第一に「膜で囲われていること」です。・・・それからあとは・・・増えないといけない。「複製増殖する」ということですね。それから、これは少し難しい話になりますが、「エネルギーを使っている」ことを定義に入れる人が多いです。
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たけし いきなりおいらが気になっていることから聞かせてもらいます。この広大な宇宙の中で、どうして地球に生命が生まれたんでしょうか。果たしてそれは必然だったのか、単なる偶然だったのか。
山岸 かなりのところは必然だと思いますね。というのは、生命は有機物から出来ていますが、その有機物の元となる炭素原子は宇宙にごまんとある。ですから、有機物ができるのは、これはもう必然です。その後、生命が誕生したのが偶然か必然かと問われれば、よく分かりません。というのは、結局そこで生命が生まれるためには、RNAが出来ないと駄目なんですよ。今、生物学者の中でも、いわゆる分子生物学者たちは、生命の一番最初はRNAだと信じています。
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たけし その生命誕生の元になったRNAは有機物から出来ているわけですよね。その有機物は宇宙から来たのではないかという説があって、先生たちは、有機物の「宇宙起源説」の真偽を確かめようとしているんですね。
山岸 それを「たんぽぽ計画」と言います。「宇宙に生命の種が漂っている」というイメージが、タンポポが綿毛で種子を飛ばすことと重なるので、そう名付けました。・・・
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たけし ・・・でも、先生はどうしてこういう研究をされようと思ったんですか。
山岸 もとは生物学で、一番最初は光合成をやっていました。だから今もエネルギーのことはそれなりに分かるんです。当時はまだ分子生物学というのは始まったばかりでした。・・・光合成の後に、分子生物学を始めて、その頃から遺伝について調べるようになりました。それで昔の生物の遺伝子はどうだったのかを研究し始めたのが、今につながっています。
たけし だから生命の起源にも興味を持たれるわけですか。
山岸 そうです。それで深海の熱水噴出孔付近に生息する好熱菌なども調べていて、そろそろ海の底に飽きたかなということで、上のほうへと目を向けた(笑)。
たけし 生命という点では研究されていることは変わっていないのだけれど、遺伝子、海底、宇宙とスケールが広がって行くから面白いと思う。ところで、アストロバイオロジーでは、「生命の過去」ばかりじゃなくて、「生命の未来」も考えていくという。・・・
・・・人類の未来はどうなるのか。先生はどう進化すると考えているんですか。
山岸 それはやっぱりたけしさんの話ではないですが、人間の身体が機械にどんどん置き換わっていくと思います。・・・機械の進歩のほうが圧倒的に速いからです。遺伝子を変えていくより、機械を使ったほうが早いということになる。すでに私たちの記憶の一部は、パソコンに置き換わっていますよね。
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それから、SFではないですが、人間同士の脳が無線でつながれる時代もそんなに遠くないんじゃないですか。
たけし ・・・でも、こうやって対談していても、やっぱり不思議なのは、どうして宇宙に生命が存在しているのかということですね。
山岸 それは、宇宙が膨張しているからなんですよ。宇宙が膨張すると非平衡、つまり安定しない状態になります。・・・もし宇宙が膨張せずに止まってしまうと、ちょうど部屋を密閉したのと同じようになります。永遠に何も起こらない、熱力学的な死を迎えることになるんです。
たけし 先生が一番最初に話した宇宙には有機物が満ちているというのも、非平衡というのも生命が誕生した「要件」ですよね。でも、そもそも生命が誕生した「理由」や「意味」についてはどうお考えになっていますか。
山岸 私は理由も意味もないと思っています。そこもダーウィニズムで、誕生できたから誕生した。その理由は、さっきも言った宇宙が広がっていることがまず第一です。それから宇宙にはどこにでも有機物があるし、水もある。だから惑星に温泉があったら「誕生しようかいな」ということだと思います。生命は「ただ誕生した」のだと思います。