たけしの面白科学者図鑑

たけしの面白科学者図鑑 地球も宇宙も謎だらけ! (新潮文庫)

 雑誌「新潮45」の連載<達人対談>のなかから、地球と宇宙の謎を追う科学者たちとの対談を集めたというこの本、へぇ~と知らないことばかりでした。

 こちらは植物探検の達人、荻巣樹徳さんとのお話、こんな方もいるんだと驚きました。

 

P53

たけし 今まで発見して一番感動した植物は何ですか。

 

荻巣 ロサ・シネンシスの野生種は嬉しかった。それから、一九八九年のクリスマスローズ(パンダを世界に紹介したフランス人宣教師、アルマン・ダヴィッド神父が標本を採集したが、文献で知られるのみだった)の再発見。それと二〇〇二年の黄色いアヤメの再発見ですね。

 

たけし それは「やったー!」という感動なんですか。

 

荻巣 「ああ、縁があったんだな」とか、「僕を待っていてくれた」とか、そんな感じですね。

 

たけし 感激という感じとは、ちょっと違うんですか。

 

荻巣 もちろん出会った時は嬉しいものです。けれど、例えば登山家は標高の高い山に登るのにかなり日程を取って、高度順化していきますよね。僕の場合は、その地域へ入ってよいという許可が下りても、場所によっては期間が三日しかなかったりする。時間がないため高度順化をしないまま標高の高い山に登るので、もうこのまま死んだほうがいいというくらいの苦しい思いで移動するわけです。僕は基本的に標高の高いところに弱いので、植物に出会った瞬間は、もうこのままどうなってもいいと倒れこむような感じになる(笑)。

 

たけし 先生が次に狙っている「幻の植物」はあるんですか。

 

荻巣 今、僕が見つけたいと思っている「幻の花」というのは、青いユリです。これはイギリス人のジョージ・フォレストが二十世紀の初めに採集して標本にしたのですが、その後、存在が確認されていません。ミャンマーの北東部で採集されたことだけは分かっています。・・・ただ、非常にデリケートな地域でしてね。

 

たけし デリケートというと……。

 

荻巣 中国側からアプローチしているのですが、ミャンマーからアヘンが入ってくるルートに当たるため、中国の国境警備隊の警備がすごく厳しいのです。・・・青いユリの他に、僕が目指しているもう一つの「幻の植物」があって、これはミャンマーのもっと奥へ入らなければなりません。

 

たけし それはどんな植物ですか。

 

荻巣 幻のネギです。これもだいたい場所が確認できたのですが、写真を撮りたいと思っています。

 

たけし えっ、ネギなんですか。

 

荻巣 ええ、ネギです(笑)。ネギというのは世界中に分布していまして、自然に生えている野生種だけでも八百以上あるのではないですか。・・・

 

たけし バラとかユリの「幻の植物」は何となく幻想的だけど、幻のネギまであるとは(笑)。ちなみに、先生はそうした調査に行くにも全て自腹なんですね。

 

荻巣 ええ。なんとかやりくりして捻出したお金で調査に行っています。援助を受けると、報告の義務があったりしますから面倒です。・・・また、僕は在野の研究者として、自ら自分に投資するのがプロだと考えていますから、どうあっても官費の世話にはなりたくないのです。

 

たけし 頼まれて植物を見つけても謝礼ももらわないんだ。

 

荻巣 自分がお世話になった人たちへの恩返しでやっていることなのです。新種を発見するという幸運に恵まれても、基本的に自分の手柄にするつもりはありません。大半のものは専門の分類学者に標本をさしあげて、その方に学名を命名してもらうようにします。学者にとっては新種発見自体よりも新種記載が業績になりますからね。ただそうなると、記載者が自分の名前を学名に付けることはありません。だから、そうした方々は学名に僕の名前を記念して付けてくださることがあります。僕の名前にちなむ学名が多いのは、そういう理由があるからです。学者としての業績よりも、百年、二百年後に「昔、変わった日本人がいてね、この植物は彼が見つけたものだよ」と語られるほうがはるかに嬉しい。・・・でも、その代わり、資金捻出には苦労していますけどね(笑)。・・・ただ、僕自身が若い人たちに対して、こんなやり方でも食っていけるということを示しておきたい。

 

たけし 現実にはなかなか難しいことじゃないですか。

 

荻巣 だから、家族は犠牲になっていると思います。

 

たけし えっ、失礼ですが、浮世離れした生活をしている先生にご家族がいらっしゃるんですか。

 

荻巣 東京に家族はいます。今、私の研究室は関西にあって、月に二回ぐらいは仕事で東京に来ます。しかし、その時、家へは泊まりませんね。家に帰ると、食事やお風呂の用意ができているでしょう。それが人をダメにしますね。

 

たけし 里心がつくとダメなんだ(笑)。

 

荻巣 そういうことが身につくと、まずフィールドワークはできなくなります。風土病など、いろいろな病気にかかる恐れもあるし、まさに命がけです。ある意味では意志が弱いのでしょう。仕事を続けるためにも家には帰らないようにしています。言葉を換えれば、フィールドワークが僕の生活であるということでしょうね。・・・それと僕が全て自費でやっているというのは、やはり身銭を切ることによって身につくものが多い気がするからです。今の若い人たちに教えてあげたいのは、「もっと自分のお金を使いなさい、自分に投資しなさい」ということ。・・・もうひとつ、僕が今の子どもたちに言いたいのは、たかだか勉強ができないだけで何も落ち込む必要はないということ。子どもばかりか、親まで落ち込んでいます。でも、むしろ逆に勉強ができないことによって、自分だけしかできない方向に導かれていくことがある。・・・そこは誰にも侵されていない世界だから、自分自身との闘いになるでしょう。他人からは評価されないかもしれませんが、自分さえ納得できればよいと思うのです。

 

たけし おいらは家庭に帰らないこと以外は、先生の真似は何ひとつできないね(笑)。こんなスケールの大きな学者さんが今の世の中にいると分かっただけでも気楽になりました。