感覚がここまで違う

ルワンダでタイ料理屋をひらく

 ここまで違うと、見えてる世界も全然違いそうです。

 

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 ルワンダではとにかく時間の流れが日本と違う。街を見回してみても、まず人々の歩く速度が違う。かなりゆっくりだ。そもそも歩くことすらせず、ただただ何時間もボーッと道端に座っている人も珍しくない。そう、特に急いでいないのだ。急いでランチをとったところで、その後に用事が詰まっているわけでもない。

 またある日のこと。ランチタイムに、予想よりも多くのお客さんが来てくれて、ライスを切らしてしまった。

 グリーンカレーの注文を受け、その前に詰まっていたオーダーをさばき切って、さぁこのグリーンカレーをライスと共に提供するぞ……としゃもじを手に取った瞬間、あれ、ライス切れてる!!と、そこで初めて気づくのだ。

 ライスの残量を気にしながら回していれば、こんなことにはならない。・・・

「うわぁ、よりによって、今⁉どうするのよ⁉注文受けてからもうニ十分も経っちゃってるし……」と、湯気のたつグリーンカレーを前に頭を抱える私に、クラリゼという女性のホールスタッフはのんびりと言い放つ。

「ヒー・キャン・ウェイト」

「は……?」

 彼女はお客さんに待てるかどうか確認したわけでもなんでもない。

「そんなの待てるっしょ、大丈夫っしょ」と適当に言っているのだ。「おぉお前が決めるなぁぁ!!!」と怒り心頭な私。・・・クラリセはキョトンとしている。結局、私がお客さんのところへ直接出向き、お詫びとともに、麺類への変更をお願いする。お客さんは戸惑いながらも、了承してくれた。

 ルワンダ人と働き始めてまず痛感するのは、一歩先を見通す、段取りを考える、ということが極端に苦手な人が多いということだ。そもそも「段取り」という概念があまりない。そんなのその時になってから考えようよ!というスタイルだ。ここでは、今日のアポも結局あるのかないのか、当日になってから決める文化だ。祝日がその前夜に決まってラジオを通して国民に知らされる、なんてこともある。

 ある日、銀行が閉まっていたので困っていると、「今日は祝日だ。だってオレ昨日ラジオで聞いたし」とスタッフが平然と言うのを聞いて最初はびっくりしていた。もうだいぶ慣れてきたけど、日本ではあり得ない。突然「明日、祝日ね!」って夜に突然総理大臣がラジオで発言して、翌日になったら銀行がどこも閉まってる、なんてことがあれば、国中が大混乱だ。

 そう考えてみると、ライスがまだあるかどうかなんて、必要になった時に蓋を開けて確かめればいいじゃん。という彼らの考え方も、理解はできる。そこにあればある、なければ次を作る。シンプルだ。・・・

 ・・・

 そんなこんなで、見せではいつもびっくりするようなことの連続なので、店を留守にするのは不安で仕方ない。・・・

 ・・・

 ここでのもう一つの大きな障壁は、明確に指示されたこと以外やらない、ということ。ましてや、状況を見て自分にできることは何かその場で考えることはかなりの応用編になる。

 ・・・

 ライス事件の時も、なぜ誰もライスの残量を気にしていなかったか。「ライスの残量に常に気を配り、一定の量を下回ったら、すぐに次のライスを炊き始めることに責任を持つ人」を私が任命していなかったからだ。・・・

 気が遠くなる作業だが、抜け漏れなくすべてのことに担当をつけ、任命して仕事内容を明確に説明しておかないと、誰もキャッチしようとせず、スルーされたボールがボンボンと落ちる。みな、ボールという名のタスクがボンボン落ちているのは知っている。が、ただ見ているだけだ。

「あ、私が受け取った方が良かったの?知らなかった」「あ、ライスの残量気にした方が良かったの?知らなかった」という具合に、悪気はない。

 日本がすごすぎるんだ。・・・

 ・・・日本式の動きを説明すると、スタッフは口を揃えて、「別に、そんなに急がなくても」と言う。例の、「何を生き急いでいるのですか」だ。何をしても、やっぱりここに行き着くんだよなぁ。

 とにかく、やるべきこと、やってはいけないことが、言われないとわからない。この「やってはいけないことは、具体的にこれはダメと言われるまでわからない」という感覚も、かなり厄介だ。これまた、日本人の私の感覚と、スタッフの感覚があまりにも違い過ぎる。

 ・・・

 ・・・とある締め作業の夜。装飾用の小瓶が一つ見当たらない。ランバートに聞くと、「あぁ、あれ、一つ四千フラン(五百円ほど)で売りました!ディナータイムに来たお客さんに」と、意気揚々と答えるではないか。

 ……え?売った?装飾品を売り飛ばした……だと⁉

 インテリアに詳しい知り合いが、わざわざ日本からスーツケースで持ってきてくれた、こじゃれた小瓶だ。もちろんここでは、同じようなものは見つからない。

「はい。お客さんから欲しいって言われたんで。値付け、いい線いってます?」なんてランバートは得意顔で聞いてくる。

 出た……なんだってこう、予測不可能なことばかりしてくるのだ。日本だったら絶対にそんなことは起きない……が、いやいや、待て待て。日本のことは一旦忘れよう。日本の常識も、コンビニ店員の神対応も、一旦全て忘れ去るのだ。ここは日本ではないのだ。

 それにしても、自分に染みついた常識を忘れることが、これほどまでに難しいとは。これは一体何の修行なのだろうか。装飾品は勝手に売らないで……って、言ってなかったっけか……ハハハ……道のりは、まだまだ遠い。

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 ただ、こういう状況でもまだマシなのは、日本に上司がいないことだ。現地での状況を日本の本社に報告するも、理解してもらえない、という駐在員の苦悩をよく聞く。その葛藤を端的な叫びにした、アフリカ界隈では有名な頭文字がある(といっても、発祥はアジアらしい)。

「OKY」だ。

「お前が(OMAEGA)、来て(KITE)、やってみろ(YATTEMIRO)!!」の略語である。

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 なぜ水がずっと止まっているのだ、原因を突き止めて水を蛇口から確保せよと仮に本国に命じられたところで、現地では目の前で日が暮れるまで説明をする現地水道局員すら、何が起きてるかわかっていないのだ。もっと言うと興味すらない。それを私が極東の上司にどう説明すればわかってもらえるというのか。・・・

 あ~良かった~全然進まないけど、困るの私だけだから良いわ~なんて自分を励ます。いや、負け惜しみかもしれない。・・・でも少しずつ、進めるしかないのだ。・・・