言葉を忘れる

33の悩みと答えの深い森。ほぼ日「はたらきたい展。2」の本

 

ブックデザイナーの祖父江慎さんのお話、もっと聞きたくなりました。

 

P123

祖父江 お待たせして、すみませんでした。

 

―こちらこそ、お忙しいところ、お時間いただきまして。

 

祖父江 おならプ~。入ってないか。

 

―入ってます。

 

祖父江 入ってますか。

 

―はい。

 

祖父江 おならプ~。

 

―また(笑)。ありがとうございます。

 

祖父江 おならプ~から、はじめましょう。

 

―クリエイティブな職業における「センス」についてのお悩みです。永遠のテーマ的なものかも知れませんが……。

 ・・・

祖父江 きっと「センスがある」という状態って、「ない」と思ったほうがいいんですよ。少なくとも、いいとか悪いとかで測れるようなものではないですし。

 

―「センスというものは、ない」。

 

祖父江 はい。ない。センスがないよーって悩んでるなら、まずは「言葉」を忘れたらどうですか。

 

―言葉を、忘れる?

 

祖父江 何かを考えるとき、つい「こうこうこうだから、こうだよね?」って、やっちゃいがちでしょ。

 

―はい、がちですね。既存の枠に収めちゃうみたいな意味ですよね。

 

祖父江 そう。何かものを見るときも「はいはい、これは本ですね」とか「ああ、いつものコップね」とか。

 

―ええ。

 

祖父江 そういうことを、なるべくしない。まず言葉を忘れちゃえばいいのかも。

 

―そうすると、どうなりますか。

 

祖父江 うん、言葉を忘れると、それまでの「慣れ」の思考パターンから逃れられます。ついつい「自分のなじみの場所」へは戻らないためにも、まずは「言葉」を忘れて、何にでもときめいちゃえばいいですよ。一般に「センス」と呼ばれてるようなものについては、そのあたりのことが大事だと思う。

 

―言葉にとらわれてしまうのが、よくない。

 

祖父江 それと、もうひとつ大事なのは「呑気になること」かな~。

 

―ははあ、呑気。それはいいですねえ。

 

祖父江 ようするに、心配しすぎないことでしょ。心配って、その人を、論理的に追い込んでいくようなところがあるので。

 

―「こうこうこうだから、ダメなのである!」……と。

 

祖父江 そう。何でも根拠づけたり体系づけたりしないと、不安になっちゃう。で、不安になると「いつものなじみの場所」に戻ろうとしちゃう。

 ・・・

 いつもと同じだから安心って思うのって、よくないですね。そうじゃなくて「知らないところに連れてって~♡」のほうがいいんです。自信を持って、ときめくといいですよ。

 

―祖父江さんは「さらわれたい」と。

 

祖父江 うん、さらわれたい。そのためには、フットワークを軽くする。この身の安全をやたらに考えない。呑気になる。センスを磨く……みたいなことがあるとすれば、それはいろんな心配に「鈍感になること」かもしれないですね。

 ・・・

―これは本筋から離れるかもしれないんですが、いま、真っ白いところに文字がポンと載ってるデザインの本って、すごく多いじゃないですか。

 

祖父江 ええ。

 

―そういう本がたくさんあるのを知っていて、なぜ、わざわざ同じようなデザインにするのか不思議なんです。素人としては。

 

祖父江 現代っていうのは、「安心」にお金を払う時代だからですよね。

 

―なるほど、あれは「中身については、安心ですよ」と言っていて、ぼくらは、その「安心感」を買っている。

 

祖父江 これは時代によって変わるんですけど、過去には「まだ見ぬものに対する期待」や「ワクワク感」に、お金を出していた時代もありました。今は、SNSの発達もあって、社会の不安がふくらみやすくなっているし、みんな未知のものにではなく、よく目にする「安心」に、お金を使ってくれるからかもしれません。

 

―その点、祖父江さんの会社の、ものをつくるときの指針って、なんですか。

 

祖父江 うちは、ま、だいたいにおいて「どっちもアリかな?」と思ったら「安全ではないほう」を選ぶようにしてます。危ないほう。

 

―安全と危険って、どういう……いろんな意味があると思いますけど。

 

祖父江 えらい人の会議に通りやすいとか、製造上の問題が起こらなそうだとか。

 

―……を、選ばない。

 

祖父江 うん、どっちもアリだったら、そうじゃなくってワクワクするほうを選びます。で、「これ、危ないかも~」ってほうを選ぶと、最終的にはだいたい「いいもの」になるんです。

 

―それは、経験的なものですか。

 

祖父江 趣味かもしれない。もともと「うまくいかないもの」に対してワクワクしちゃう性格だからかも。

 ・・・

 やっぱり、世の中、完全に理解しきれることなんてないと思うんだけど、みーんな「わかった気持ち」になりたいんだよね。

 

―そこで競争している感じはありますよね。こっちのほうが安全ですよとか、実は、誰にもわからないことなのに。

 

祖父江 だから、「不安」なんか気にしないこと。おなじみの場所に、しがみつかないこと。そして自分に嘘つかないこと。です。

 ・・・

 あと、物語とかストーリーというものを、盲目的にありがたがらないことも重要だと思います。

 ・・・

 映画でも、小説でも、テレビドラマでも……もっといえば「聖書」みたいなものでもいいんだけど、コタツでおならプ~している場面とか削ぎ落としがちですよね。

 

―それは、そうでしょうね。はい(笑)。

 

祖父江 で、意味のある場面だけをつなげて、ひとつの流れに乗せていきますよね。それが物語というものだし、そうすることによって、記憶されやすくなったり、広く伝わっていったり、おもしろがられたりするわけですけど。

 ・・・

 でも、本当は、そういう「物語」のような構造を理想と考えて、むりやり人生を「編集」しようと焦る必要はないと思うんです。ブツブツ切れ切れで、首尾一貫性のない「今」こそ、ときめきの連続なんだから。

 

―意味やつながりがなくても、平気な顔をしていりゃあいいと。

 

祖父江 そう。「人生」なんてものも、もともと「ない」んですよ~。

 

―「センス」が、もともと「ない」ように。

 

祖父江 そうそう。おなら、プ~。