覚悟のすきやき

覚悟のすき焼き (食からみる13の人生)

 

 食から始まるいろんなお話、ほんとうに人それぞれ、多様性が見えておもしろかったです。

 こちらは五味太郎さんのお話です。

 

P59

宇田川 五味さんは今も昔も深夜型なんですね。夜中になると仕事を始めるとか?

五味 夜は元気よ(笑)。朝起きるのが嫌いで、夜起きてるのが大好きなので、夜寝るなんてもったいないと思ってるの。将来何になりたいですかって訊かれたら、「夜起きている人」と答える(笑)。オオカミとかオポッサムとかみたいな夜行性なんじゃないかな。夜働いて文句を言われない仕事をやりたいとずっと思っていたんです。こういう仕事をやっていて、みんなに褒められて(笑)。だから幸せなんだよ、本当に。でも、いまだに人類ってどれが一番いいか証明されていないよね。昔辛かったのは昼間に銀行に行くこと。だって、起きるのが二時だから、駆け付けなきゃいけないわけだから。今はそういうのがないから、時代が僕に追い付いてきているのかなって(笑)。

宇田川 実際に何時頃から仕事を始めるんですか。

五味 だいたい夜の一時、二時過ぎたらパチッとしてきて、朝六時ぐらいまで起きていることもありますよ。早朝のテレビ番組なんかを観てから寝たりとか。二九歳頃のしんどい時に、夜になって絵本を書いたら気分が穏やかになって、それが絵本との出合い。それから夜に作業するのが好きになったんです。物理的には年食って指や背中が痛くなるし、目がチカチカしてくるし、お尻も痛くなる。人に「結構お忙しいですか」と訊かれたら、「はい、そうです」と答えるし、「暇そうですね」って言われたら、「はい、暇です」と答える。「よく寝てますね」って言われたら、「はい、寝てます」って返答したり。わがままな体質に忠実に生きてるからハッピーであるんだろうね。

宇田川 絵本やエッセイなど四五〇冊くらい出版していますが、仕事も速そうだし、いったいアイデアの源泉はどうなっているんですか。

五味 アイデアとかじゃないんですよ。僕にとって絵本を作ることは、もう暮らしだから。ただ得意なんだと思う。「こういうのが好きなんだもん」って、ただそれだけの話。「楽」と「楽しい」って一緒の漢字で表すでしょ。つまり、楽しくやるってことは楽にやるってこと。僕にとって絵本を作るのが一番楽なんだ。描きたいと思ったらいつでも描けるくらい、暇にしておきたいね。だから続けている。「楽なほうに行け」っていうのが五味家の伝統でもあるんだけどさ(笑)。夜、作業していて、「これいいな」って誰かに見せたくなると、それが気持ちのピーク。で、そのついでに「暇だから文でも書いてみるかな」という感じ。できたものを編集者に渡すと、「はい」と持って行っちゃうからつまらないじゃない。そうするとやることがなくて、テーブルのところに何もないからまた書き始める。それで気が付いたら四五〇冊くらい書いていたというわけ。殴られてもいいけど、絵本を作るのは本当に簡単なんだもの(笑)。

宇田川 構想してから書き上げるまでの時間は?

五味 まったく決まりはない。今までの記録は、思い付いてからできあがるまで六時間。五年もずっと放っておいたアイデアもあるけど、順調にいけば約一週間。一日一枚ずつ絵を描きながら考えていくのが好きだけど、うまくいけば、描きながら、主人公がどうしようこうしよう、でも物足りない、じゃあ一ページ増やしましょう、なんて感じの一週間。だから、雑誌のページが飛んじゃった時など、困った時は五味さんにっていうのが業界にあって。絵を描くのが速いっていうのはあるよね。・・・

宇田川 五味さんは小さい頃から、ともかく人間を見ることが好きだった。昭和二〇~三〇年代の街の商店街にはいろんな職業の人たちが働いていた。たとえば、今川焼や駄菓子屋のおじさんやおばさんとか、そんな人たちの動きをずっと見ていたそうですね。

五味 大人の立派さを見ているわけでもなく、批判しようと厳しく見ていたわけでもなくて、ただそこにいるから見ていたの。結果、人間のバリエーションを見ていることになったんでしょう。今でも、その時の佃煮屋のおばちゃんがどんな模様の洋服を着ていたとか、細かくビジュアルに覚えているから、イラストを描けと言われたら全部描ける。お惣菜屋がどんなレイアウトだったか描ける。たぶん思い出というのはそんなもんでしょう。中には違うという人もいるけれど、彼らも心に残ったものを風景として全部覚えているはず。なるほど考えたら、僕はそういう性質なんだとあと付けしたんだよね。今は大人のバリエーションが、すぐ厭きてしまうくらい少ないような気がする。

宇田川 数々の絵本を出版している五味さんの、少年時代の家庭の食卓風景に興味があります。五味家の家訓「自己中心」通り、食事もてんでんバラバラに食べていたそうな(笑)。

五味 家訓というのはジョークで言っているんだけど、基本的に家族は団結しないでみんなダラダラしていて、無理無理にまとめ上げようねっていう波動が全然ないわけよ(笑)。僕もそうだし、そんなの幻想だと思っているもの。・・・みんなで一度だけ団結して温泉に行ったことがあるけど、帰りに親父が「もう、これで終わりでいいよな」って言うから、全員揃って「いいよ!」(笑)。そういう家庭で育ったから、あえて食卓を囲まないとまずいなんていうことはなかったんです。「ご飯だよ」って言われても、誰かが遅れたら、遅れているんだなぁってことで終わり。親父がウロウロやって来ても、みんなが食卓に揃うこともないし、ただ食べているという程度のゆるい家庭だったんです。かといって仲が悪いわけじゃないよ。「親しい人にも礼節を」っていうのは、祖父くらいからの伝統だしね。