いろんな方の、お弁当をテーマにしたエッセイが集まった本です。
その中の、杉浦日向子さんの文章が、なんだか、好きだなぁと感じました。
P180
おにぎりころりん 杉浦日向子
雑木林からチェインソーの音が止むと、梢を渡る鳥の声が降ってきた。下手の校庭からは、サッカーに興じる子供たちの歓声が、間をおいて湧き起こる。
男は積まれた丸太に腰を下ろし、首に掛けたタオルで手をごしごし拭いて、工具袋から弁当包みを取り出した。中には、大ぶりの白いにぎりめしが三つ。隅に、たくあんと古漬け茄子。にぎりめしのひとつをつかみ、ちょっと傾けて眺めてから、がぶり、もぐもぐ。足を放り出して、天を仰いだ喉が、ごくん。
具は嘗味噌。もの喰う男の後姿は、耳とエラのあたりの、骨と筋肉がひくひくもっこりもっこり大きく動くのがよく見える。
女もそうなのだろうが、刈り込んだ毛に、そこの部分は、むきだしで日光にさらされ、がっちりした骨格だから、なお目立つ。
ホルスタインの幼牛が、授乳器の乳首に吸い付く動きとそっくりで、見るたび、「憐憫」ということばが浮かぶ。
ふたつめは、梅干し。種をふいっと吹き飛ばし、たくわんぼりぼり。みっつめは、焼いた新巻き鮭の、塩っ辛い腹身が、焦げた皮ごとごろり。
水筒から、湯気のあがる焙じ茶を、ゆっくり注ぎ、ひとくち。ほうっ。白い息の牡丹が咲いた。どの木々の若葉も、日一日と空へ広がり、地面にだんだら模様の陽だまりを描く。