奇想天外な目と光のはなし

奇想天外な目と光のはなし

 ふだん意識してなかったけれど、見るってそういうことだったとは・・・新鮮な驚きがありました。

 

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 人は見た目からかなり多くの情報を読み取っています。黄色く熟したバナナがたわわに実っている様子を見たら、「甘くて美味しそう」と思うでしょう。・・・

 人間の目がバナナの色を識別できるのは、ごく当たり前のことのようですが、実はかなり発達した目をもっていないとできないことです。・・・

 例えば、身近なペットである犬や猫は、色を識別する視細胞の種類が人間よりも少ないため、赤色を見分けることが困難です。血液の色を「赤色」と認識できるのは、哺乳類では霊長類だけだといわれています。

 一方、一部の動物たちには、人間の目には見えない光や色が見えています。例えば、花の蜜を吸うモンシロチョウなどの昆虫は「紫外線」を感知することができるため、紫外線を反射する花びらは、きっと人間よりも目立って見えているでしょう。このように、動物のほとんどが、私たちとは異なる世界の中で生きているのです。

 さらに、光そのものが私たちの身体に大きな影響を与えることも分かっています。例えば、日中薄暗い場所で過ごすと、明るい場所で過ごした場合と比べて、夜に寒さを感じやすくなるそうです。・・・

 本書は、こうした光や目にまつわる不思議でアッと驚く話を紹介しながら、普段、何気なく見ている世界を新しい角度で眺めてもらえたらという思いで書きました。・・・

 

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 私たちは普段、見た物がそのまま見えていると思っていますよね。しかし、人間が網膜を通して見る過程を紐解いていくと、その仕組みは想像する以上に複雑であることが分かります。

 ・・・目に届いた光は角膜と水晶体で屈折し、網膜では上下左右が反転した像が結ばれるのです。

 ・・・私たちは、それを脳で元の像に戻して知覚しているのです。これは角膜や水晶体で光を屈折するカメラ眼の特徴で、昆虫などの複眼は反転させることなく見たままを映すことができます。

 それでは、複眼のように網膜に反転していない像が映ったとしたら、人間の目にはどのように見えるのでしょうか。それを体験するために、「逆さめがね」という道具を使います。

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 実際、逆さめがねを着用すると、右方向に行くものは身体にとっての左方向に、上方向から降ってきたものは下方向からやってくるように感じるといいます。こうした人間の脳の柔軟性と順応力には驚かされます。これは、人間の視覚は生まれてから時間をかけて発達していき、脳の発達過程で逆さの像を正しく見られるようになるということの証明でもあります。

 赤ちゃんも脳で作り出した像をもとに、経験則的に「右・左・上・下」を後から身につけているのです。

 私たちは感覚器官を通して、周囲の情報をキャッチしています。おもな感覚器官は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のいわゆる五感です。これら以外にも、平衡感覚や内臓感覚など、人間にはたくさんの感覚器官が備わっています。

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 ・・・嗅覚は離れた場所にある情報をキャッチすることができます。しかし、その距離はせいぜい100メートルが限界でしょう。・・・

 ・・・平衡感覚や内臓感覚などは、自分の身体や体中から得られる、ごく身近な場所からの情報ですし、触覚や味覚に関しては、直接舌や皮膚に触れていないと感知できません。

 一方、聴覚の場合は嗅覚よりもさらに遠くにある情報をキャッチすることができます。汽笛や雷鳴などのような大きな音であれば、数キロメートル離れていても聞こえます。・・・

 では、視覚はどうでしょうか。・・・

 例えば、隣にいる人の顔とその背景にある山や夜空に光る星を同時に見ることができます。どのくらい遠くまで捉えられるのかというと、肉眼で見ることができるアンドロメダ銀河は、230万光年離れた場所からの光です。・・・

 何万光年も離れたものが肉眼で見えるというのは、光が音や匂いに比べて距離による減衰が小さく、遠くまで届く性質があることとも関係しています。

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 ・・・目に光が届いてから脳で認識されるまでに、一体どのような過程を経ているのでしょう。

 まず、目に光が入ると網膜の中にある視細胞が光をキャッチします。一つの眼球には、「錐体」・・・という視細胞が約700万個、「桿体」・・・という視細胞が1億3000万個もあるのですが、光刺激によって視細胞内の視物質というタンパク質が化学変化を起こすと、それが引き金となって電気信号を発生させます。

 そして、ごく短時間で生じる一定の幅をもったパルス信号に変換され、その電気信号が約100万本ある視神経線維などを通って大脳の視覚領に伝えられることで、初めて像として知覚されるのです。

 五感で感じるすべての情報は、電気信号に変換されてから脳に伝えられるのですが、それぞれの感覚器官で伝え方に違いがあります。聴覚は空気振動を、触覚は皮膚に伝わった圧力を直接電気信号へと変換し、味覚や嗅覚は、液体中や空気中の化学物質を引き金として情報を伝達する物質が作られ、電気信号を発生させます。

 つまり、感覚器官からの情報が脳で感知されるまでにどうしてもタイムラグが生じるということです。・・・

 ・・・感覚ごとの反応時間の違いを調べた実験結果について・・・被験者が反応するまでにかかった時間を調べてみると、音による聴覚刺激や触覚刺激の単純反応時間が0.14秒であるのに対して光による視覚刺激は0.18秒と若干長めになります。また、嗅覚刺激は0.2秒以上、味覚刺激は0.3秒以上と視覚刺激の反応速度よりもさらに遅くなることがわかりました。