日本ならではの・・・

人生の終わり方も自分流

 日本の社会の特徴的なエピソードだなと印象に残りました。

 

P169

 昔、私のうちに「うちの奥さん」と私が呼んでいたお手伝いさんがいた。私より少し年上で美人で上品でお料理がうまくて、どうしてうちのような粗雑な家に来てくれたのか、その経緯は今もよくわからない。この人は二十四、五年もうちにいて、ずっと仕事に追われていた私の家で主導権を握る、名実共に「うちの奥さん」であった。

 その人について忘れられない思い出がある。或る日、私は友達を昼御飯に呼んで、鉄火丼を出すことにした。三崎港に仲のいいお魚屋さんがいて、鉄火丼用のマグロを送ってくださいと電話をかければ、確実に届けてくれるからであった。

「うちの奥さん」はご飯を炊いただけで魚の到着を待っていた。しかし午前十一時を過ぎてもマグロは着かない。私は不安を覚え出し、何なら急遽、親子丼に変えようかとうろうろし出したが、彼女は「もうまいりますでしょう」と酢飯を作り始めてしまった。白いご飯にしておけば、五分で親子丼に切り換えられるのに、と私はいらいらしていた。

 すると十一時半を少し過ぎた頃、マグロの宅配便は着いた。トロの柵は切ればすぐ丼ができる。

 私は「うちの奥さん」の宅配便に対する信頼の強さに打ちのめされた。私は中年から、東南アジアやアフリカと関わり始めたので、もうこの頃には、ものが時間までに確実に届くということをあまり信じなくなっていた。多分着くだろうけれど、もしかすると着かないこともあるのが人生だという風に考えるようになっていたのだ。

 ・・・

 私はそのような世界に馴れ、日本のような比類ない正確さと誠実さを当然とする心情からは、日々遠ざかっていたのである。

 こうした背景を長々と述べたのも、郵便事業株式会社が、二〇一〇年七月一日付をもってペリカン便を継承し、ゆうパックとしてサービスを開始しようとしたところ、数日間、発送便の円滑な配達ができなかったことが大ニュースになったからだ。・・・

 ・・・

 この問題は、私にはなかなか示唆的であった。何しろ日本の宅配便というのは、世界に冠たるもっとも先鋭的な事業なのだ。こんなに正確な配達システムを持つ国なんて世界になかなかないだろう。必ず魚が着くと信じて、酢飯を作って待っている国なんて、私は日本以外に聞いたことがない。

 ・・・

 ゆうパックは前体制の赤字体質から抜け出すためにお中元の貨物が増える時期を狙って急遽出発した。私はかつて新しく建設されたダムに、いつから湛水を開始するのか聞いたことがある。「夏の台風などで一挙に水量が増える時ですか?」と聞くと、多くは早春からだという。つまり山から雪解けの水がじわじわと流れ始める時期を見計らって湛水を始める。すると新しく生まれたダムに、いきなり大きな水圧の負担をかけることにならず、むしろしなやかで強靭な安定を与えるのだという。その手の地味な知恵と配慮が、多分ゆうパックスタートの時期決定に際して足りなかったのである。

 

P200

 ・・・名古屋駅で伊勢方面へ行く私鉄に乗り換える時、東京から来た行きの新幹線の切符を渡す代わりに、帰りの切符を出してしまった。

 ・・・帰りの新幹線に乗る時になって初めて、帰りの切符だと思っていたものが、既に使用済の行きの切符だったことがわかったのである。・・・買ってくれた人が旅行会社の受け取りもあるし、事情を話してみよう、と言ってくれた。

 新幹線に乗ってから車掌さんに言うと、調べてみます、と消えていった。名古屋から東京まではあっという間である。その間に調査ができるのだろうかと思っていると、やがて名古屋駅が確かにその番号の座席の切符を保管していました、と知らせてくれた。

 同行の外国人が、私からその経緯を聞いて目を丸くした。・・・