親切に

食の達人たち フードストーリー (小学館文庫)

 親切が長生きと健康に結びつく、そんな実感を持って生きられるといいなと思いました。

 

P265

 明石の西海酒造は・・・享保元年に創業された造り酒屋で、社長の8代目西海太兵衛は満94歳。今でも元気に執務をこなしている。

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 その当時の日本酒はすべて一升瓶入りだ。しかも、ワンケースは10本入りの木箱だった。そして、西海酒造にフォークリフトを買う余裕はなかった。8代目は妻の美津子とふたりで、倉庫から10本入りの木箱を運び、トラックに載せた。そして、加古川まで運転したら、小売店に配達して歩く。時には小売店の倉庫に入り込み、木箱を4段に積んだこともあったという。背の低いふたりは脚立を用意し、声をかけあっては20キロ以上の箱を積んだ。生産量5000本の大半を配達するという過酷な労働は宅配便が一般的になるまで、およそ15年も続いたのである。

「さわってごらん」

 そう言われて、私は8代目の腕をつかんでみた。彼の筋肉は90歳以上とは思えなかった。15年間の肉体労働は彼のフィジカルを強健にしていたのである。

 ・・・

 8代目は身体が丈夫なだけではない。数字を扱っているから頭脳もまた明晰だ。人間はいつまでも身体と頭を鍛えていなくてはならない。8代目を見ていると、それを痛感する。

 それで、ひとつ質問してみた。

「社長、長生きできる人生訓があれば教えてください」

 彼は即答した。

「人には親切に。これに尽きます」

 親切がなぜ、長生きと健康に結びつくのか……。

「親切にしていると必ずいいことがあります。私は若い頃、金沢の土田さんという家に下宿していました。そこの娘さんに政子さんという人がいてね。刺繍工場に勤めていた人で、その政子さんが毎日、私の弁当におかずの他に梅干を1個入れてくれた。洗濯やつくろいものもしてくれました。おかげで風邪を引くこともなく、無遅刻無欠席で卒業できました。結局、政子さんの親切心が私を健康にしてくれた。それで一升瓶の配達もこなせたのです。あれから私は肝に銘じています。人様には親切心を持たなくてはいけない。親切がいちばんです」