眠れる予言者 エドガー・ケイシー

眠れる予言者エドガー・ケイシー―あなたの魂をみがくスピリチュアル・メッセージ

 エドガー・ケイシーの本を読みました。

 とても興味深い内容でした。

 

P94

 ケイシーはビジネスに関しても多数のリーディングを残しています。・・・

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 多くの人が、ケイシーにビジネスで成功するためのアドバイスを求めました。それに対するケイシーの態度は一貫していました。すなわち、「成功の度合いを収入の高低で判断してはならない。成功は、自分の才能をどれほど周囲の人々への奉仕に役立てられたか、その程度に応じて計らなければならない。お金を目的として働くのではなく、人々に奉仕するために働くことを求める必要がある。そして、自分の能力や才能を人々への奉仕に役立てているかぎり、必要なお金は神が与え給う」と。

 現代の経済システムは、リーディングの観点からすれば病んでいます。多くの人は、奉仕の場ではなく、お金を求めて働いています。そこには労働が本来持つべき喜びが欠落しています。このような状況が改められないかぎり、私たちの経済はどんどん疲弊していきます。これがケイシーのビジネスに関する原則です。

 宇宙の摂理に反しては、いかなる組織といえども維持・発展させることはできません。私たちは、今の経済システムを癒し、成功に対する判断基準を正し、そして宇宙の摂理にかなう組織に立て直さなければなりません。ケイシーはこう述べています。

「人々に生きる希望と勇気と愛を与えるかぎり、その仕事に決して不況はない。神の仕事に不況のあろうはずがない」と。なんと私たちを鼓舞激励する言葉ではありませんか。

 

P183

「木は倒れた所に横たわる」

 木は倒れた所に横たわる?一体どういう意味だろうと思われた読者も多いと思います。・・・輪廻転生に関してケイシーがしばしば引用したということで紹介しておきます。

 この言葉は旧約聖書の「伝道の書」11章3節から来ています。実のところをいえば、この言葉は現代の聖書学者にしても意味がよくわかっていません。・・・しかしながらケイシーによると、この言葉には深い霊的な意味が込められているのです。ただ現代の聖書解釈学には輪廻転生とカルマという概念がないために(あるいはそれらを否定してしまったために)、奇妙な解釈を展開しているのです。

 ケイシーによれば、この言葉は次のように解釈されます。すなわち「木が倒れる」とは人間が死ぬことを指し、「倒れた所に横たわる」とは死んだ時の人格(意識)がそのまま持ち越されるということです。もう少し補足して訳すなら「木(人)は倒れた(死んだ)時の(意識)状態をそのまま持ち越す」ということになります。

 輪廻転生という視点で説明するなら、人間は死に際し、それまでの人格と意識を維持したまま霊界に行き、霊界で死ぬ(すなわち物質世界に生まれる)時にも、その時の人格と意識をそのまま持ち越してくるということです。つまり、私たちの人間性は生まれ変わりを通して連続しているということを表しています。

 

P311

 ・・・ケイシーが説くところの輪廻転生を私たちが受け入れると、人生にどのような建設的な変化がもたらされるでしょうか。

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 ・・・私の場合、だいたい人生をプラス・マイナス2000年くらいのオーダーで考えています。・・・自分の長所や短所、才能や弱点を考えれば、おおよその前世の様子は見当が付きます。そしてこれから先どのような人間になりたいと思っているのかを考え、そのためには今回の人生をどのように生きるべきかを考えます。

 このようないい方をすると、来世に逃避しているように聞こえるかもしれませんが、そのような遠大なビジョンを持つことでかえって現実の生き方に集中することが可能になり、有意義に生きることが可能になるのを私は実感しています。・・・

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 実際、ケイシーはある老婦人に対して、残り少ない人生を使って小説を書くことを学ぶように勧めたことがあります。彼女の場合、その努力が今回の人生で実を結び、有名な作家になることは明らかに不可能な話ですが、ケイシーは次の人生を視野に入れて、彼女にその方面での才能を開花させるように指導したのです。なんと遠大な計画ではありませんか。

 私たちも同じような姿勢で人生に臨むことができるのです。・・・