ミケーラのほんの気持ち

ロベルトからの手紙 (文春文庫)

 この本も、味わい深いお話ばかりでした。

 こちらは、遠い国に住む人がすぐそこにいるような気がした一場面です。

 

P83

「物産展へ行くのに、誰か適当な鞄を貸してくれないかしら」

 近所の知人ミケーラが広場での立ち話の途中で、相手に尋ねている。

 十二月に入ると、市内にある広大な見本市会場で国内外の工芸品や民芸品、各地の銘品を集めて物産展が始まる。地方からチーズや蜂蜜、米といった食材から衣類や装飾品、玩具に家具まで、多彩な物品が揃う。

 家族ばかりではなく、親類縁者や友人、仕事関係、近隣への付け届けは毎年のことである。贈り物は有名ブランドものに限るような相手もいれば、そういうものを陳腐に思う人もいる。

<遠く離れた地方の産品なら、価格も知れることはない。その上、個性的な贈り物にも見えるだろう>

 物産展でどうにかけりを付けようと、贈り物選びに悩む人たちが出かけていく。

 ・・・

 鞄はないか、と尋ねたミケーラは、買い出しのたびに大荷物を持ち帰るのに苦労しているらしい。

「登山用のリュックだと、混雑する電車の中で迷惑でしょ。買い物用のキャリーは、入るようで入らないし」

 いったいどのくらい買うのか、と尋ねると、

「クリスマス本番に、親族で三十五人。翌日の聖ステファノ祝祭は、友だちで二十四、五人かしらね」

 ・・・

 見つけたときに気の利いた小物や本などを少しずつ買い溜めしておかないと、ぎりぎりになって慌て、義理への帳尻を合わせただけのような物を選ぶことになる。むしろ渡さないほうがずっと真心がこもっている、という手合いの物になったりする。

 無駄な気遣いと出費を避けようと、この数年は近所の気心の知れた人たちとはクリスマス前に食事や食前酒を共にして、贈り物の代替えとすることにしている。

 必ず空手で、と事前に申し合わせて集まるのに、

「ほんの気持ち」

 ニコニコと贈り物を配る反則者が必ず出る。ミケーラだ。お金を捨てるだけのような類いの贈り物が多い。

 鏡の破片やビーズが軸に埋め込まれた、すぐに書けなくなるインド製のボールペン。

 極彩色のフリンジが付いた、化繊のロシア風ショール。

 彫りの悪い素焼きの豆皿。絵柄が歪み変色している。

 強烈な匂いの手作り石鹸を色違いで三個。

 詠み人知らずの詩の一片が各ページに記載された日記帳。しかも表紙には犬猫の写真。

 南の山奥にあるという、見知らぬ村の民謡を集めたCD。

 開けた途端、処し方に悩むようなものばかりだ。ミケーラが約束を守らず、毎年似たような<ほんの気持ち>を携えてやってくるのを、皆、承知している。もう一種の年中行事になっていて、貰うと当惑するくせに、受け取らないことには何となく年が越せないような気がして、皆はクリスマス前の集まりに出かけていく。