内田樹さんと成瀬雅春さんの対談本、興味深かったです。
P46
内田 僕は昔、UFOを見たことがあるんです。真夏の夕方で、ふつうに家のそばの住宅街の道を歩いていたら、目の前にUFOが出現したんです。「じゃ~ん」という感じで。もうめちゃくちゃ自己主張の強いUFOで、オレンジと白いライトでギラギラと光り輝いているんですよ。そのまま、しばらくぼおっと空を見上げていたんですけれど、すると、向こうからおばちゃんが一人歩いてきたんです。ああ、よかった、いっしょに確認しようと思って、空を指さして、「あれ、あれ」というふうに身ぶりでUFOのほうに注意を向けようとしたんです。そしたら、そのおばちゃんは下を見るんですよ。下を向いたまま、僕の横を通り過ぎていった。
もちろん、そのおばちゃんもUFOを見ていたんですよ。でも、見たけれど「これは見なかったことにしよう」と判断した。ここにUFOがいるということになると、いろいろな知的判断の枠組みをぜんぶ組み替えないといけないですからね。「UFOが存在する世界に生きている私」というものを合理化しないといけない。世界観そのものの書き換えって、考えてみたら、面倒ですよね。まずは自分の家族や友人に向かって「UFOってね、あんた、やっぱりあるのよ」というところから話を始めないといけない。でも、たぶん話しても「バカじゃないの」って相手にされない可能性が高いですからね。そのリスクを恐れたんでしょう。
成瀬 まさに、僕が空中浮揚をした写真と同じですよ。「見なかったことにしよう」というケース、結構多いんですよ。認めたくないんでしょうね。
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内田 見ればいいと思うんだけどなあ。なんで見ないのかな。「わっ、世の中には、人知を越えたことがあるんだなあ」とびっくりするほうがずっと楽しいのに(笑)。
P86
内田 なぜ歩くのが速いんですか?
成瀬 歩く際には、ギアチェンジが4速くらいあるんです。だからふつうの並足からもう少し速くして、もう少し速くして、トップギアに入れると、誰もついて来られない。
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・・・股関節と足首が柔軟なんだと思います。股関節と足首が柔軟だと歩幅が広くなります。体の重心を少し落とすだけで、すごく早くなりますね。
内田 それは、あのヒマラヤでの速歩法とは、また別のものですか?
成瀬 ヒマラヤでの速歩法も含まれています。歩くというのは、人間にとって非常に重要なファクターです。
ふだんはなかなか意識しないけれど、歩くこと、歩けるということは大変なことです。だから、僕は歩いているときに、突如「歩けてうれしいなぁ」と幸福感がわき上がってきたりすることがあります。
ふつうは歩けなくなったときにそういう感情が起きるものなのかもしれません。でも、歩けるときに、「歩けるのはいいことだな」と思えないといけないんですよ。
P150
成瀬 「人間がなぜ瞑想するかわかりますか?」と僕はよく聞くことがあります。答えられる人はなかなかいないけれど、僕には明確な答えが一つある。
要は、人間は瞑想的でないから瞑想するんです。瞑想的だったら、瞑想する必要はないんですよ。つまり、瞑想能力を持っていれば、わざわざ瞑想する必要はない。どんなことでも同じです。なぜ勉強するのかといえば、わからないことがあるから勉強をして得ようとするわけです。だから、なぜ瞑想するのかと言えば、瞑想的ではないからですよ。
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からっぽにすること、それが瞑想状態です。つまり、生きていくために必要な世の中の真理やほんとうに必要なことを見据えようとしたときに、いろいろな知識があるとそれが余計なフィルターになってしまう。そのフィルターを外したとき、初めて真理が見えるんです。赤ちゃんは余計な知識がないから、最初から真理が見えますが、大人になると見えなくなってしまいます。
社会で生きていくためには、たくさんの知識が必要です。瞑想能力というのは、そうしたたくさんの知識を吸収した大人になったあとに、知識に惑わされずに真実を見るために必要なものなんです。動物には常識がなく、算数や国語などの勉強もない。もともとピュアなわけですね。
昔の人は勘が鋭かったから、今みたいに便利で安全な環境でなくても生き抜けたわけです。
内田 常識的だったら、たぶん生き抜けないですね。・・・
・・・絶えずまっさらな状態で、成瀬先生の言葉で言う「ピュアな状態」、無垢な状態を保っていないと、微細な入力変化には反応できない。でも、今は入力の劇的な変化って、ふだんはないですからね。電車は定時に来るし、信号で車は止まってくれるし。
成瀬 要は、人間が弱くなったということです。生きるという意味では弱くなった。
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ヒマラヤでの修行では、そうした能力がないと命を落とす可能性があります。
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浮石に足が触りかけた途端に、ヒュッと次のところに行けるような状況でないと、クレバスに落ちてしまいます。その能力がないためか、毎年多くの人が実際に死んでいますよ。
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・・・瞬間で身体を細かく使えるようにする。そのために、それをスローにして、ゆっくりでもいいから自分の身体を細かく見つめることを教えています。
たとえば、首を1周回すときでも、ふつうの人は、首とその周辺で何が起こっているかを見過ごしてしまう。僕は「首を回している間に変化を数えなさい」と言います。自分のなかで、首を回す間に、「ここが変化した」「この辺の筋が伸びた」と、数えていくわけです。すると、1周する間に、僕だったら200~300個はチェックポイントが見つかります。
最初のうちは、「ここがポキッと鳴った」「ここの筋が伸びた」という程度で、3つ、5つしか見つかりません。でも、細かい観察力が身についてくると、100個、200個、300個と見つかるようになる。それが身についてくると、たとえ瞬間であっても、時間が伸びていきます。