石田ゆり子さん

Lily ――日々のカケラ――

 何気なく手にとり、開いてみると、

「わたしが大切にしていることは

 たぶん、普通の毎日に溶け込んでいる 

 些細な、小さなことばかりです。

 日々のカケラを拾い集めるように、

 自分の好きなものや、心の中でずっと思っていること、

 自分なりのこだわりを記しました。」

 とあり、写真やイラストもいっぱいの素敵な本でした。

 

P90

 競うことや誰かと比べることがとても苦手なのです。

 それは10代のころ、競泳という、まさに勝負の世界に身を置いていた時期も同じでした。

 もちろんレースには勝ちたい。勝つ、ということは当然誰かを負かすことでもあるのだけどでも、私にとって勝ちたいのは「自分の中の弱い自分」でした。

 カッコつけてるわけではなく本当に。自分の中に住んでいる、弱くてずるい自分。それに勝ちたかった。弱くてずるい自分に勝って自分のベストを尽くせれば、タイムなんてどうでもいい……とすら思ってました。

 競泳選手としてはこの闘争心のなさが命取りではありましたけれど。でもこの、水泳選手時代に得た最も大きなものが「自分」というアイデンティティーを芯から持つことができたこと、でした。わたしを鍛えられるのは私自身だけ。その逆も然りで、甘やかすことができるのも結局は自分自身だけ。その、境地を知ってしまったのです、10歳にして。

 ベストを尽くして天命を待つ。その境地を知ると、まわりのことがよく見えてくる。仲間たちの思いも、辛さも栄光も、まるで自分のことのように感じることができるのです。比べない。競わない。わたしはわたし。その精神はわたしの根っこに、どんな時でも、あるのです。

 

P141

 抽象的な話になってしまうのですが、わたしには「自分の理想の状態」というのがあります。ヒューっと気が流れている感じ。いろんな流れが、穏やかにスムーズに自分のなかを流れていく。世界の大きな流れに調和して、自分がひとつの粒として存在している……って伝わらないか(笑)。

 そうして淀みなく流れているときは、平和な気持ちになれて、トラブルが起きても冷静に対処できます。「禅」ではないですが、常に自分の理想の状態に戻そうという意識は持っているかもしれませんね。いい状態からズレたときって、すぐにわかるので。

 これまでも何度かお話ししてますが、タデウス・ゴラスさんが書いた『なまけ者のさとり方』(山川紘矢・亜希子訳)という本がわたしのバイブルなんです。繰り返し読んでいるのでもうボロボロ(笑)。高校生のときにたまたま出会ったんですが、そのなかに書いてあることが、まさに自分の考えていたこととドンピシャリでした。

 ゴラスさんが言うには、人間の波動には3つあって……宗教的な話じゃないですよ!……下から、「かたまり」「エネルギー」「スペース」というレベルになっている。「かたまり」はまさに収縮しきって、他人を受け入れられず、自分のことしか考えられない状態。「スペース」は、無限に広がる、自分も自分以外の存在も境なく存在できる状態。ほとんどの人は「エネルギー」というレベルで、拡張と収縮を繰り返している。そして、わたしが理想とするのは「スペース」の状態だなと思ったんです。

 理想の状態にあるとき、インスピレーションが降りてきます。でもその状態をキープするには、やっぱり一種の鍛錬が必要ですよね。

 心と体はつながっているから、よい食事、よい睡眠、よい運動を心がけて、自律神経を整えるのは大事でしょうね。あとはものの捉え方、考え方の癖なんかも作用すると思います。

 わたしは、文章を書いたり絵を描いたり、本を読んだりして自分の軸を戻す作業をしている気がします。

 もうひとつ、これもうまく説明できないんですが、自意識をいったん消して、自分を筒状の、トイレットペーパーの芯のようなものだと想定するんです。その穴の中にぐるぐる周りの空気を循環させる。そうして世界を見ると、自己から離れて、周囲がクリアに見渡せる。ピーンといい状態に戻ってくれる。これはわたしが勝手に編み出した、自己流マインドフルネスです(笑)。きっとみなさんにも、それぞれに何かしらあるんじゃないかな。

 呼吸も大事みたいですね。ヨガやピラティスでも言われますが、もし行き詰まったら、何も考えずに、鼻から息を吸ってゆっくり口から吐くことを、ゆーっくり10分くらいしてみてください。そうしたら、少し落ち着いてくると思います。