こちらも「なんとか生きてますッ」の連載からできた本です。
このピンチでこの閃き、すごーい!と思いました。
P8
よくピンチはチャンスなんて言うけれど、あれはウソだと思う。悲しいかな、やっぱりピンチはピンチってことだ。
一番のピンチとして思い出すのは、広告代理店時代のこと。とある大きなプレゼンテーション。・・・
・・・
大きな紙袋にクライアントさんと自分たちの会社のスタッフ分をコピーしてクリップ留めし、完璧。これを当日配ればいいのだ。
・・・
予定よりも5分早くクライアントさんのビルの前に到着。5分前というのは我ら広告代理店の集合時間の5分前のこと。それはプレゼン開始の30分前である。なぜかというと、早めに来てできた資料などを上司や営業がチェックするのだ。・・・
その集合時間の5分前に到着し、私はその場で立ち尽くした。
「まさかーっ!!!!」
これは心の中の絶叫である。何が起きたか。シンプルである。
忘れたのだ。
あの徹夜で作った大事な大事なプレゼン資料を……。・・・全身が震えた。
死にたい!そう思ったけれど嘆くのは後。まず考えろ、考えるんだ。きっと切り抜ける道がある。そう自分に言い聞かせる。
「落ち着け、私、落ち着け。さあ、どうする?どうしたらいい?」
・・・
・・・先ほどまで作業していたから内容は全て頭の中にはある!この頭の中の事柄をどうにか伝えられればいいんだ!そのために、どうしたら⁈あと30分。・・・私はガクガクする足を押さえながら一つ一つ整理していった。
・・・
1本、ショートメールを入れた。
「ちょっとトラブルで到着がギリギリになります」
それだけ送った。そして私はコンビニにふたたび向かいながら考えた。ノートに書くのは違うな。だってノートに必然性がない。プレゼンシートのほうが見やすいもん。何か、いつものプレゼンシートではない意味と必然性がないといけない。うーん。
「あった!」
私はそのときプレゼンシートではない必然性を見つけたのである。今回の商品はお菓子だった。その周年の記念CMである。主役はその商品!!
私はコンビニに駆け込み、その商品を5つ買った。そしてボールペンとセロハンテープも。ダッシュでコンビニを出て、近くの郵便ポストを机にして、私は5つの商品パッケージの封を開けた。そして、開けた箱の裏のすぐ見えるところに私は企画をシンプルに書いた。狙いとともに。そして元に戻してセロハンテープで閉じる。5つの、企画の入った商品ができた。
プレゼンが始まった。私は手ぶらである。ただ商品を5つ持っている。先ほどギリギリ間に合って滑り込んだ私を、間に合ってよかった!と労ってくれた上司、営業は、きょとんとしている。みな、あれ?プレゼンシートは?紙束はないの?という顔。私は何食わぬ顔で、商品をテーブルに並べた。
「今回はタレントではなく、商品が主役です。ですから商品の中にアイデアを書きました。商品がプレゼンをします。さあ、アイデアは5つ。各々を開けてください。その中に書いてあります」
クライアントさんがどよめく。
「へえ、面白いね」
朝から競合他社の同じようなプレゼンが続いて眠そうにしていたキーマンの方が、まず口火を切った。
「私が開けていいの?」
「ええ、どうぞ」
「じゃあこれ、開けてみようか」
1箱目を開ける。
「読み上げてみてください」
というのも時間がなくて、自分用の控えがないのだ。クライアントさんに読んでもらうしかない。プレゼンする側がプレゼンしないで、クライアントさんに読ませるなんて、まあ、ありえないんだけれど堂々としていれば、演出である。
・・・
なんとかプレゼンを終えてお辞儀をし、廊下へ出るなり営業が言った。
「すごいじゃない、面白かったよ!インパクト大だね!しかし、いったい、いつ、あんなびっくりプレゼン考えたの?」
私は大きく安堵の息を吐きながら、それでも背後のクライアントさんに聞こえないように言った。
「さっきですよ……」