自閉スペクトラム症の私は、いかにこの世界を生きているか

自閉スペクトラム症の私は、いかにこの世界を生きているか 当事者批評・脳の多様性・文学と哲学

 第Ⅲ部の「当事者哲学に向かって」は、難しい・・・となりましたが(;^_^A、第Ⅱ部の対話が興味深かったです。

 

こちらは高野秀行さんとの対話

P81

高野 そうそう、横道さんに聞こうと思ったんですけど、ADHDの薬を飲んでいますよね。何が変わるんですか?

横道 ・・・日本で認可されている成人用のADHDの薬って三種類あって、基本的には渾沌とした頭のなかがクリアになります。私はストラテラというのを飲んでいます。

高野 いつも飲んでいるんですか?

横道 必要なときだけですね。ウィーンに滞在していたときはまったく飲みませんでした。発達障害も含めて「障害」というのは、環境要因によって起きることなので、環境が本人の特性に合っていたら障害じゃないですから。ウィーンは、日本より発達障害者が住みやすい街だと感じました。日本ほどギスギスしてないというか、街行く人の顔色も明るいんです。そしたら生きやすくて、焦って失敗することも少なかったです。

高野 僕も間違いが多いとか忘れ物が多いとか、時間と空間の認知がねじ曲がってるとか、非常にいろいろあるんですよ。そんなデタラメなのに、なんで海外に行って取材してノンフィクションを書いているのか、というと、自分は実はそれほどデタラメじゃないんじゃないか、っていう希望もあるからなんです。

 僕が行くのは辺境地です。そこでは、やることが少ないんです。分刻みでアポ取って動いてる人なんか誰もいない。一時間ぐらい遅刻しても誰も何も言わないし、みんなで車で出かけて三〇分走った頃に「忘れ物した!」と言っても、「ああそうか」って平然と取りに帰ってくれる。そういう世界って、楽ですよね。

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 今年の五月にイラクに行ってたんですけど、イラク人なんか、ほとんど全員がADHDなんじゃないかっていうような人たちですよ。衝動的で、多動。たとえば、僕が宿泊していた宿の階段なんて、すべて高さが不規則。しかも、二階に上がっていく最後のほうは、ものすごく急になっているんですよ。下から適当に重ねていったら最後空間がなくなってきたから、いきなり段を上げて帳尻合わせたんだな、っていうのが一目瞭然。

横道 お聞きしていて、エジプトに行ったときと似ていると感じました。エジプト人も自分を曝け出すというか、喜怒哀楽ダダ漏れにしてて、すごい発達障害者っぽいと思いました。どういう精神のあり方が「普通」かどうかって、文化の問題が大きいですよね。

 

こちらは頭木弘樹さんとの対話

P100

横道 ・・・村上春樹の受け売りなんですけど、文学っていうのは、あんまり賢すぎる人には向いていないですよね。

 賢すぎる人は、文学的な表現というのをまどろっこしく感じると思うので。それこそ、ビジネスエリートの場合だと、はっきり書いてあって、すぐに読みおわれるハウツー本や自己啓発本を読みたがるし。それもどういう意味で賢いのかと考えたら、難しい問題ではありますが。

 大江健三郎は、大学院に行って研究者になりたかったんだけど、それに向いてないっていう引け目がずっとあった人じゃないですか。あの人も、非常に独特なこだわりがありますよね。文体なんかは、近代日本文学史上、ナンバーワンかもというこだわりようでしょう。

頭木 晩年になって、「自分で本を読み返したら、すごく読みにくかったから、今度から読みやすく書こうと思った」というインタビューを聞いたときには、びっくりしました。「えー、今さら気づいて、そういうこと言うんだ」と思って。

横道 クリエイターたちの天才性を精神疾患に見る、病跡学という学問があります。この前、大阪で学会があって、ある精神科医が大江健三郎について語る講演がありました。・・・「大江健三郎さんは明らかに自閉スペクトラム症の人でした」って語りはじめて。それがおもしろかったです。

頭木 大江健三郎さん、僕は最初ちょっと反発を持ってて、その後すごく好きになったんですけど。どう受けとめるかで、けっこう違いますよね。

横道 発達障害っぽい人は、周りから反発を受けやすいと思います。マイルールでやってるから、傍若無人に見えるんです。独特のこだわりもあるから、心を閉ざした排他的な人に見えてしまう。

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横道 作家とファンとの関係で言うと、私は、・・・飲み会とかに行ったら、いつもファンにそっけなくなってしまう傾向があります。

 それはなんでかっていうと、自己肯定感が低いので、あなたが何か入れこんでくれてる横道誠は、ほんとにしょうもない人間だっていうことを、なるべく早めに知ったほうがいいですよという親切で、悪いところを見せたがるんですよ。

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頭木 それは、がっかりされる前に、もうやってしまおうということですか?

横道 一面では相手のためでもあるんだけど、一面ではやっぱり、自分の株が上がった後で暴落したら、自分が一番つらいから。・・・結局、それは自分に対する自信のなさなんです。

 だから自分の人格と円満に調和してないんですよ。いわゆる自己受容ができていないんです。

頭木 まあ自己受容は、僕もまったくできていないですけれどね。がっかりされるのは嫌ですよね。

横道 どれだけ成功しても意味がないんですよ。だから私の場合だったら、『イスタンブールで青に溺れる』(横道、二〇二二)に書いたように、五〇ヵ国近く行ったことがあって、一〇以上の言語を学んで、話せる言語も五個ぐらいあって、たくさん本も書いて、京大で博士号を取ってとか言ったら、自分との折りあいがあってもよさそうじゃないですか。

 ところがやっぱり成長過程の問題で、発達障害の問題であったりとか、宗教二世の問題であったりとかと関連して、今でも子どもっぽいことに、自分で自分を肯定できない。今四四歳なんですけれど、結婚もしていなければ、子どももいなければ、人間関係も満足に作れないんです。たぶん、関係がうまくいって、親友になるとか、あるいは結婚相手になるとかっていうステージの変化を、恐れているんだと思います。

 一方では、そういうふうになってほしいと思いながら、一方で恐れているから、それを破壊しようとするんですよ。これが精神疾患ということですね……(笑)。

頭木 それは自覚をされてても、成熟していくのは難しいですか?

横道 いわゆる中動態の世界、自我を超えた大きなうねりのなかで生きているので。

頭木 「やってくる」わけですね。

横道 そう。「やってくる」わけです。