挑む人たち。 つづき

挑む人たち。

 つづきです。

 

P232

―辺境の地にいるときと、こうして日本にいるときとでは、ご自分の中で、何か「違い」を感じたりもしますか。

高野 ぜんぜん違いますよね。ぼくの場合は辺境の地と言っても無人の土地に行くわけじゃない。必ず、誰か人が住んでいるところへ行ってるんだけど、そうすると結局、その人たちの文化だとか感覚の中で、過ごすことになるわけ。

―そうですよね。

高野 いちばん違うのは、他人との距離感。日本って、あらためてだけど、人と人の壁がすごく高いんです。電車の中で知らない人に声かけたり、ほぼしないじゃないですか。

―しないです。高野さんも……。

高野 ぼくだってしない、日本では。でも、人と人の壁がすごく薄くて、知らない人にホイホイ話しかけるのがふつうな国は、けっこうある。目が合えば誰とでも挨拶をするようなところも少なくないです。コンゴとかも人との距離感が近くて「溶けていく感じ」がする。

―溶けていく?

高野 二度ほどコンゴで船旅をしてますが、基本、共同生活なんです。ずらーっと並んだ二段ベッドにみんなでゴロゴロ寝っ転がっていて。ちゃんと決めたわけでもないのに、誰かしらがメシをつくって、何の関係もないぼくも、そこへ呼ばれて一緒に食べたりして。やがて酒盛りがはじまり、ぼくにもお酒がまわってくるからついつい飲んで、いつの間にか酔っ払っているという。

―親戚の集まりみたい(笑)。

高野 そうそう、そんな感じ。そこでぼくは「外国人」を意味する「ムンデレ」と呼ばれ、すごい勢いで、その世界へ溶けていくのを感じます。

 ・・・

 ・・・

高野 これまでの人生、世界中いろいろなところへ行って、たくさんの人と話したけど、みんな例外なく自分の話を聞いてくれと思ってる。もしも話してくれなかったときは、何か話せない理由があるだけで、本当は心の中では話したいわけ。

―なるほど。

高野 それって、人間にとって、普遍的なことじゃないのかなあ。

 ・・・

 心には、つねに流れがあるからね。それが流れずよどんでしまうと、人の心って調子を悪くしちゃうと思う。そういうことに、いま、すごく興味があるんです。

 


P271

―葦船って、名前は聞いたことはあったんですが、それがどんな船なのか実際はぜんぜん知りませんでした。

 ・・・

 ・・・なんでも、葦船という船は、そのまわりにお魚さんをたくさん呼び寄せるので、航海中のごはんに困らない……。

 ・・・

ジン ようするに、葦船というのは草でできているので、それ自体にさまざまな生命を宿しているんです。まず船をつくろうという段階で、葦と一緒に他の植物も一緒に刈り取っちゃう。秋口に刈るので、いろんな植物の種が付いたまんま、船ができあがる。

 ・・・

 それぞれの植物には、それぞれ微生物が棲んでいます。・・・植物の微生物を食べるちいさな虫、そのちいさな虫を食べるアリ、さらにそのアリを食べるカミキリムシ……。

 ・・・

 彼らは葦船に卵を産んでコロニーをつくっちゃうんですよ。葦の束を開けて見てみると、ものすごいことになってるんです。水に浮かべたら、ムカデがはい出てきたりする。さらにはこの船、どんどん「発酵」していくんです。微生物が熱を帯びて船自体があったかくなるんです。

 ・・・

 船ができたら港に一~二週間、浮かべとくんです。すると、その間に、船底に、イソギンチャクやらフジツボやらムール貝やらがワンサカくっついてくる。

 ・・・

 ・・・船体と水面との境のところの、水がちゃぽちゃぽしているところには海藻のアオサが生えてきて、そこへちいさな魚がわーっと群がる。

 ・・・

 葦船そのものが、微生物や虫や魚や貝がつくりあげた、ひとつの「生態系」なんです。どんどん、水族館というか、竜宮城みたいになってくるんですよ。・・・

 


P304

―そもそも、どうしてサハラ砂漠へ行こうと思ったんですか。

ジン 生きてるだけで十分なんだってことを細胞レベルで知りたかったから。・・・頭じゃなく、自分自身を形づくっている細胞単位で知りたかったんです。

 ・・・

 何もない砂漠でそのことを感じて、もし生きて帰れたら、そのあと、何があっても大丈夫だと思った。

 ・・・

 最初のひと月くらいは、孤独でとにかく寂しいんだけど、そのうち、なーんにもないところに木が一本、生えてたりすると……そいつが友だちみたいに思えてくるんです。久々に出会う生命だからコミュニケーションしたくなって、話しかけたりすると、木もよろこんでいるのがわかって。

―へええ……。

ジン 話が盛り上がっちゃって、何時間も話し込んじゃったり。砂以外には何にもない、他に誰もいない状況に置かれると、人間、そんなふうになっていくんですよ。

 ・・・

 フンコロガシなんかに出会ったら、もう親友と話してるみたいになる。はたからみたら一方的にしゃべってるだけだけど、ぼくとしては、フンコロガシから返事が返ってきてる気がしてるの。

 ・・・ 

 ・・・そのうち「風」とも話し出したり。

―ジンさんの「葦船の歴史観」にも通じていそうな体験ですね。

ジン 自然や動物たちとコミュニケーションを取りはじめたのは、そこからだからね。人間のふりをするのが、だんだん、めんどくさくなってきたのかもしれない(笑)。

 ・・・

ジン でもさ、結局、考えてみると、何のために砂漠へ行ったのかなんて、本当の理由はわかんない。さっきはもっともらしいことを言ったけどさ、自分で望んだというより、なんだか「そうなっちゃった」んだ。

 ・・・

 ・・・そんなふうにして行った砂漠で、自然とつながった感覚を、旅の最終日にビリビリ感じたんだよね。・・・

 ・・・

 人間というのはおもしろいもんでね、そういう状態になると、実際のボディよりちょっと離れた「先」のほうにまで自分の感覚が届いている気がする。

―自分が拡張している、みたいな?

ジン どこまでが自分でどこからが砂漠か、境目が曖昧になってくる。

 ・・・

 自分は自分で存在してるんだけども、周囲の環境とも、ひとつながりにつながっている感覚……と言ったらいいかな。

 ・・・

 ・・・自分自身を区切ってしまってるのは、結局、自分自身の思考でしかなくて、その限界を取っ払っちゃえば、まわりの自然や生き物たちと「つながってる」って、ごく自然に思えてくるんです。