妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした

妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした

 保護犬と暮らす中で、様々なエピソードがありました。

 

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 僕たち家族の日常はがらりと一変した。

 夜明け頃、僕は布団から這い出すと、眠い目をこすりながら家族の洗濯物をより分けて洗濯機にセット。スイッチを入れてから福の散歩に出かける。こうしておけば福の散歩から帰って、学校に通う娘と自分のお弁当をこしらえ終わった頃には洗濯が終了。洗濯物を干してから仕事に出かけることができるのだ。お弁当作りはもう2年以上になるから慣れたもので、前日にはメニューが決まっているから朝はつめるだけだ。長年主婦雑誌の編集長を務めてきたから、お弁当作りを短時間で片付ける知恵と工夫だけはたっぷりとストックがある。

 お弁当作りと並行して朝ごはんの準備。なんとか薫の血液の状態をよくしたいという思いから、この頃は青魚やビタミン、ミネラルが豊富な野菜を積極的に食卓に並べるようにしていた。子ども達は朝はぎりぎりに起きてきて、簡単な食事をとったりとらなかったりだから、僕ら夫婦はそれらが落ち着いてから、ゆっくりと朝食をいただくことが多くなった。

 幸いにも僕の仕事は朝の時間がさほど早くはないから、朝のうちにだいたいの家事をこなしておけるのがありがたかった。また、そんな仕事の仕方を認めてくれた職場のメンバーにも感謝しかない。

 ごはんが終わると洗濯物を干して、ベランダで福のブラッシングタイム。これは薫の担当だ。人間にあまり触られることが好きではない福だから、ブラッシング中は後ろ足の間に尻尾をたくしこんで耳をイカのようにしているが、繰り返し触られることで人間の手にも少しずつ慣れてきた。

 永遠に換毛期が続くのではないか?というくらい、ブラッシングを繰り返すごとに大量の毛が抜けたが、薫はその抜けた毛を愛おしく丸めてジッパー付き保存袋に入れてとっていた。あるとき、そんなの取っておいてどうするの?と聞くと、

「いつかたくさんたまったらこれで福ちゃん人形でも作ろうかな?」と笑っていた。

 僕の仕事が朝ゆっくりめで、薫の体調と天気がいいときは、できるだけ散歩に出かけることにした。というのも、ずっと寝てばかりいると、どんどん体力が落ちてしまうから、可能な限り歩かせるようにこころがけた。いや、実際は抗がん剤の副作用から足の爪が剥がれてきて歩行が難しくなっている状態で無理をさせるのはどうなのだろう?と躊躇していたが、薫が「歩けば元気になるから」といって多少無理をしてでも散歩に出かけるようになったのだ。

 全身へのがんの転移と進行が見つかったときの絶望的な気持ちで「私はもう東京オリンピックは観られないんだね」と毎晩泣いていた薫は新たな目標にむけて前向きになり始めた。秋に姪の結婚式に参加するために松山に行くこと、そしてなんとしてでもつむぎの成人式の晴れ着姿を見ること。ずっと泣き続けていたあの頃では考えられないほど、前向きになっている。

 ・・・

 散歩に慣れさせようと、意を決して福を連れて散歩に出かけることもあった。日中の人や車が多い時間はあいかわらずうまく歩けはしなかったけれど、それでも近所を犬と一緒に夫婦で歩く時間はなによりも楽しかった。はたから見ると犬に引きずられている夫婦に見えていたかもしれないけれど。

 犬と一緒に歩いているだけで、僕らはなんだか晴れやかな気分になった。公園でひと休みしていると子ども達がわいわいと集まってくる。

「うわ、かっこいい、これシェパードでしょ⁉」

「警察犬なの?」

 普段このあたりでは見かけない雑種の福にみな興味津々のようだ。さっき買ったパンを袋からひとつ取り出して薫と半分ずつ食べると発酵バターの濃厚な香りが口いっぱいに広がる。

「人間の食べ物は犬には良くないよねー」と言いつつ、福にもほんのひとかけら差し出すと、ぺろりとたいらげた。犬も人もこの先の時間は限られている。今このときを大切にしたい。そのためならほんの少しくらい体に良くないといわれているものを食べさせてもいいじゃないか、そんな気がして、もうひとかけら、僕は福にパンをちぎって差し出した。

 少しずつ、本当に少しずつではあるけれど、福は「犬らしく」なっていった。

 もともと犬なのに「犬らしく」というのも変な話だが、実際のところ福はまったく犬らしさを欠いた犬だった。お腹が空いていても容易に餌には食いつかない(つまり餌に釣られない)し、無邪気に人にまとわりついたりしない。隙あらば、信じられないような隙間に忍者のように身を隠してしまい、僕らを慌てさせる。

 ・・・

 ・・・そんな犬らしくない福が犬らしくなっていくのが僕たち家族の大きな楽しみとなっていった。昨日できなかったことが今日できるようになる。少しずつ成長する福を見守るよろこびは子育てと同じだった。そして家族の一体感が増すにつれて、薫の体調もまた良い方向へ向かっていることは明らかだった。愛すべき存在がいるということは、人が生きるためにとても重要なことなんだという思いはいっそう強くなった。

 

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 この本で伝えたかったことのひとつは、保護犬にしろ保護猫にしろ、僕らは彼らを救っているようでその実いつも救われているということだった。ときに癒し、励まし、笑顔のときも涙のときもそばに寄り添ってくれる。そして僕たち家族がそうだったように奇跡みたいな時間をプレゼントしてくれるのだ。

 こんなすばらしい隣人・友人たちのためになにかできることはないか?薫が旅立った後、そんな気持ちでずっと過ごしてきた。本書に出てくる友人たちと一緒に保護犬、保護猫に関わる本を出版したり、イベントを開催したり。ささやかだけど小さな一歩を踏み出すことができた。本書の印税もぜひ保護犬・保護猫たちのために使いたいと思っています。