以前一度読んだのですが、再読したくなって読みました。
P38
どうして、僕の人生が犯した罪の代償じゃないってわかるの、って?
地上で生きることは、罪とか罰とかっていう問題じゃないんだよ。それは人間が作った概念にすぎない。人間は勝手に何かを作り上げ、それを信じるようになる。確かに人生にはつらいことがたくさんあるけど、それは君がつらいことを経験しなきゃいけないことをやったからじゃない。ここに人生の秘密がもうひとつ、隠されているのさ。
痛みは人間が経験する感覚のひとつにすぎない。呼吸をしたり、目が見えたり、血管に血液が流れるのと同じぐらい自然なことなんだ。痛みがあるのは、地球で生きていれば当たり前だから、あまり心配しすぎないことだ。
まあ、確かに自分でも経験した痛みが好ましかったとはいえないけど。
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人生で起こる問題の多くは、自分が理解されない、わかってもらえないから起こる。
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僕のかわいい妹アニー、僕が話していることを、自分の想像だろう、妄想することで死別のつらさがやわらぐし、と思っているだろうね。
じゃあ、これが現実だって、どうすればわかってくれる?
そうだ、君に「証拠」を示そう。決定的な証拠をね。そしたら僕との会話がただの妄想じゃなく、本物だとわかってくれるだろう。本当に僕はビリーだよ、アニー。
P52
至福を感じることは、人間の体を持っていては無理だ。なぜなら、体はある法則に従っているから。
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体を持って、肉体的な目でとらえられる光には限界があるんだ。君の目で見えるのはせいぜい光が照らし出すものぐらいで、魂と同じく、光を直接目で見ることはできない。だから、地上にはたくさんの苦しみが生まれる。だって、自分の目で見えないものを信じるのは難しいからさ。
ここの光で、地上では見えなかった「すべてのものに神が宿る」ってことが見えるようになるんだ。
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それがどんな意味を持つかだって?
それは、目に見えているものの中にある目に見えない存在が見えるようになるってことだ。
地上で生きているのは、君と思っている君だけじゃない。君には魂があり、その魂が何かを追い求めてさまよっているのさ。
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東洋にマヤ、つまり幻想という概念があるけど、どういう意味だと思う?
それはね、「一時的な」という意味で、人生は一時的な現象にすぎないんだよ。
P64
ビリーの誕生日から数日後、ビリーを車ではねた運転手の保険会社から電話がありました。その人は事故当時のことについて、衝突の瞬間、ビリーの頭はフロントガラスを破って運転手の目の前まで突き抜けていたと語りました。
その後彼が何と言ったか、ぼうっとしてしまった私はよく覚えていません。電話を切った私は、机に泣き伏してしまいました。
すると、しばらくして天井からビリーの心安らぐ声が聞こえてきたので、私はあわてて赤い表紙のノートを持ってきました。
さて、最悪な朝を迎えさせてしまって、すまないね。僕の頭がフロントガラスを突き抜けたことなど、君が知らなくてもいいことだものね、プリンセス。
けれども僕にとっては、その運転手は天使みたいなものさ。聖人だよ!僕を今いる世界に送り出してくれたんだから。僕には送り出してくれる人が必要だった。できれば運転していた人を探し出して会いに行って、僕からのキスをしてきてほしいぐらいだよ。
そして、今日は3月15日。僕がドラッグを売った罪で刑務所に入った日さ。
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フロントガラスを突き抜けた頭、ドラッグの売人、そして数年間の刑務所暮らしなんて、君にはまったく興味がないだろうけど、僕には面白い経験だった。
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ところでアニー、今日、小説の会に行ったら、JBにメッセージを届けてくれないかい?「太陽(サン)のないところに光はない」って。僕が車にはねられた様子を語る時に、そう伝えてくれ。
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・・・その夜・・・ビリーがフロントガラスを突き破った話を終えた私は、JBに向かって言ったのです。
「変に思うでしょうけど、ビリーからあなたにメッセージを伝えてくれと言われたの。
『太陽(サン)のないところに光はない』ってね」
JBを含めて、誰も反応しませんでした。
そして、次はJBが作品を読む番です。
・・・すると、JBが朗読の途中で突然、声を詰まらせ泣き始めたのです。
誰も知らなかったのですが、彼の息子は車にひかれて亡くなっていたのでした。
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そうか!と私は思ったのです。「サン」とは太陽のことではなく、「息子(サン)」だったんだ!「息子(サン)のいないところに光はない」という意味だったんだ。
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・・・「きっと、ビリーはJBの息子さんの魂がどこかにまだいるって伝えたかったんじゃないかしら?」
P91
・・・アニー。あの世に行った兄らしいアドバイスだ。
他人の目に自分がどう見えているかを心配しすぎないように!
人なんて、自分の思いたいように物事を見るものなんだよ。
宇宙での自分の役割をきちんと演じてくれ。
でも、自分のことをどう見るかを決めるのも自分だということを忘れないようにね。君の役割を他人に決めさせることがないように。
P100
・・・アニー、許さなくてはならない人なんて誰もいない。だって、僕たちは生まれる前にどう生きるかを約束してから生まれてくるんだから。
僕たちは前世で何かいけないことをしたから、それを今つぐなわなくてはならないというふうには生きていない。本当にそんなふうにできてはいない。「目には目を、歯には歯を」と考えるカルマの公式なんてない。少なくとも僕が今いるところには。
魂のタイプ別に自分が体験することを選んでいる、といったほうがいいと思うけど、どのみち生きている間にこのことを理解する時は来ない。
そして、理解しないままに、自分が体験することこそが、人生での大事な一部なんだ。
もし、世の中の人がこの仕組みを知れば、自分の振り上げた拳を下ろす人も出てくるだろう。拳を振り上げなくなる、これも〝悟り〟のひとつだろう。
P141
僕には、君が嫌なことが起こるのを怖がっているのがわかる。
嫌なことは起こるだろう。だって、地上だもの。僕たちは痛みを感じるのを許されているともいえるけど、その痛みとはつかの間の状態でしかない。僕は死んで、今、僕自身の細胞すべてに行き渡ったこの安らぎと愛を伝えようとしている。
影は幻でしかなく、つかの間のことだ。でも、祝福、それも究極の祝福と光は、もっと真実でもっと強力なんだ。
P147
量子って、普通は原子を説明するのに使う言葉で、人間には使わない。でも、人間は本当は壮大な宇宙の原子と同じなんだ。とらえ方が変わると、量子はそれまでとは違う振る舞いをして、違う現実へと飛ぶ。だからこそ、僕は物の見方がすべてだと君に伝えたい。
「すべて」は言い過ぎかな。けれど、物の見方の違いが大きな違いを生む。
P153
僕らの父さんが亡くなった時には、癒しの空洞を通り抜けた後、僕みたいに宇宙に浮かんだりすることはなかった。父さんは旅の途中、宇宙エレベーターといわれるところに立ち寄り、人が天国だと想像しているのにそっくりな場所に降り立ったんだ。仮にこの場所を「上の世界」と呼んでおこう。
上の世界は、亡くなった人にはとても優しい場所で、亡くなって間もない人の魂が休めるようになっている。この世界ではまず、死の恐怖、体がなくなってしまった恐怖、罰せられるのではないかという恐怖など、いろいろな恐怖を解き放つのが目的のひとつだ。何より亡くなって間もない人は、地上で自分が愛した人との再会を心から望む。上の世界は、自分の会いたい人と会える場所なんだよ。
・・・
亡くなった人は最終的には上の世界を去り、宇宙に映し出されるホログラムを眺めることになるけど、生きていた頃と同じ善悪のとらえ方で見ることはなくなる。その頃には、人間として抱えていた生前の概念を捨て去り、自分の人生を聖なる視点でとらえるようになる。
人は生きている間には、自分の人生の素晴らしさを十分に感じられないのが普通だ。さまざまな考えにとらわれて、人生という奇跡が見えなくなっている。
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僕が生前、どうしてあんな生き方を選んだかは、人間の理解を超えている。
どうして僕みたいな生き方を選ぶ人がいるんだろう、だって?それはね、薬物依存症の人生が僕にとっては最も興味深い生き方のひとつだったからさ。あれは僕が経験すべき大事な苦しみだったんだ。そして、人生に負ける経験こそ、僕にとっての勝利に等しかった。
僕だってそんなことは生きている時にはまったくわからなかったけど、地上での悲惨な出来事があってこそ、今いる場所へと向かう準備が整うことになった。
P180
人の魂は高い次元からやってきたことを忘れ、肉体の中に包まれたまま、わざわざ困難な場所である地上に降りるのはなぜだと思う?それはね、アニー、魂は経験が大好きで、苦しみなんて何とも思っていないからなんだ。魂は何があっても傷つかないって知っているんだよ。
P211
君が生きる人生だけが君のものだ。その他のものは全部、ただ聞いたことでしかない。だから、誰が幸運だとか不運だとか、表面的に起こったことだけで判断しないように。幸も不幸も、単なる人間的なとらえ方でしかない。僕ははっきりそう言える。
人は普通、頭を殴られるような衝撃的な奇跡でも起こらない限り、自分が受けている恩寵を実感することはない。自分の毎日にわずかな奇跡がつねに起こっていることに気がつかないんだ。ちゃんと呼吸して、目が見え、耳が聞こえ、歩け、話ができ、考えられるし、感じることができる。全部奇跡なんだよ。だからスピリチュアルな道を歩むには「感謝すること」が必要だと言われるんだ。そうすれば人生の中の恩寵に気づけるからね。
P221
・・・どんな人生も、生きている間には想像も理解もできないほど、すべてが貴重なものだ。どんな人生も贈り物のようなものなんだ。
僕が人生は「チャンス」ではなく「贈り物」だと言ったのは、チャンスには成功と失敗があるけど、人生にあるのはそんなことを超えたものなんだ。
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人はそれぞれ地上で生きる間、聖なる楽器として宇宙のシンフォニーを奏でている。その音は、美しいものもあれば、明るくてアップテンポな調子のものも、ゆったりとしたメランコリーなものもあるが、どんなものでもいい。奏でられた曲はすべて、死後に自分の音楽の一部となる。どんな努力も波瀾万丈も、自分が奏でている時には気がつかない神秘的な音をかもし出すことになるだろう。・・・
