サッカーに詳しい方は、もっとここに書いてあることのすごさがわかるのだろうなと思いつつ、あまり詳しくない私でも、とても興味深く読めました。
P7
よく、「選択」をする際にいわれることとして、タイミングが重要だ、とか、より困難な道を選ぶべきだ、というものが多いように感じる。
それはなんとなくは理解できる。でも、僕の場合はちょっと違う。
自分の「心が震えるか、震えないか」。
それが判断基準なんだ。
「ワクワク」という表現でもいいのだけれど、「武者震いする」という方が近いかもしれない。
仙台の街クラブの練習を見て、心が震えた。
ドルトムントの試合を見て、このスタジアムの熱気に包まれたいと思った。
ファーガソンのおもてなしは、粋に感じて、心につき刺さった。
僕が本を出すにあたり、主に2つのことは伝えられると考えている。
ひとつは、先に書いた「心が震えるか、震えないか」によって様々な「選択」をすることにより、後悔をしないでほしいということ。
もうひとつは、そうはいっても、一方で僕は数多くの失敗をしてきたし、後悔することもたくさんある。でも、そうした苦い経験があったから、色々なことを考えられるようになったし、歯を食いしばって頑張り続けることができた、ということだ。
P333
香川が移籍を決断するにあたって大切にしているポイントは、大きく分けて以下の2つだった。
・心から挑戦したいと思えるような環境があること
・そのクラブが自分のことを本当に必要としてくれていること
クラブの熱意というのは、自分ではコントロールできないものである。コントロール不能の要素を条件に挙げることに疑問を抱く人もいるかもしれない。そこにピントを合わせるのはおかしい、と。
でも、香川はもう30歳になっていた。
21歳でセレッソからドルトムントへやってきたときの9年前と比べれば、30歳からの9年間で得られるチャンスはその3分の1にも満たないだろう。それが移籍市場の常識だ。
だからこそ、このタイミングでの移籍では妥協したくなかった。
納得のいくクラブからのオファーが来るまで苛立つ気持ちと焦りにも、耐えていた。
「悪くないオファーじゃないか!」
2018年のロシアW杯が終わってからの1年間で、いくつかのオファーを、周囲は勧めてきた。でも、香川が首を縦に振ることはなかった。
「ヨーロッパであと1,2年プレーするだけであれば、『良いオファーだね』と言えるかもしれない。でも、将来のことを考えたら、今、挑戦しないといけないんだよ!ヨーロッパのなかでも一番シビアな舞台でやるべきでしょ」 シビアな舞台というのは、もちろん、スペインである。EU圏外のパスポートを持つ選手は3人しかチームにいることができず、UEFAのランキングでも1位に君臨するリーグである。
それでも納得のいかなそうな顔をしている人に対しては、こう答えた。それを聞けば、たいていの人が理解してくれた。
「情熱が燃やせる場所じゃなきゃ、もう嫌なんだ」
P374
サラゴサとの契約を解除してすぐにPAOKに来たのと、4ケ月近くもスペインでプレーする道を模索したうえでPAOKに来たのとでは、全く違う。
ここに至るまでの間に別の選択をしていたら、いつか必ず、後悔することになっただろう。
この浪人期間中に、たびたび聞かれた質問がある。
「日本でプレーするつもりはないのですか?」
僕は今のところ、日本に帰ってプレーしようとは考えていない。Jリーグのレベルを下に見ているからではない。
自分の志を曲げたくないからだ。
僕はブレたくない。
貫くべきは、僕がヨーロッパに来た理由だ。
サッカー選手として成長したいから、ヨーロッパを選んだ。
最初にドルトムントに来たときから、目標は変わらない。今振り返れば生意気だったとは思うけど、当時は「少しでも早く次のステップに進みたい」と口にしたほど。あのころからサッカー選手としての階段を上ることに夢中だった。
自分の成長を考えたとき、サッカー界の頂点へ地続きでつながっているヨーロッパで戦い続けるのが最善の道だと考えている。
そして、もうひとつ、理由がある。
日本代表の存在があるからだ。
過去に参加した2回のW杯を通して感じたのは、ギリギリの戦いに身を置いた経験こそが、大一番でものをいうということ。
そんなギリギリの戦いを続けて手にできるのが、強さだと思う。
W杯のような舞台では国中の注目と期待が注がれるから、プレッシャーは大きい。
相手も必死になって戦ってくる。プレーの強度、いわゆるインテンシティーは高く、一つひとつのプレーで相手から受けるプレッシャーもそれまでとは段違いだ。
そんな試合のなかで訪れる苦しい時間帯や逆境に立たされたときに求められるのが、精神的な強さだと気づいた。
・・・
ヨーロッパでは、日本にいるときとは比べものにならないほどのストレスがかかる状況でサッカーをやるから、結果を残したときの喜びもひとしおだし、そこでの戦いを通して、僕らは強くなれる。
だから、2022年のW杯までは、ヨーロッパで戦い続けると心に決めているのだ。
2019年1月末にベシクタシュに移籍してから、2020年の5月ごろまで、僕が悩まされ続けていたのは、理想のイメージと、目の前にある現実とのギャップだった。
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理想ばかり高くしてもダメ。かといって、現実から目をそらすのも良くない。
少し余裕を持っていないと、心はパンクしてしまう。何となくわかっていたつもりだったけど、この1年半でついに理解した気がする。
僕はようやく、自分の心を上手にコントロールできるようになった。
サッカーに夢中になっているときにしか感じられない、あのしびれるような瞬間をこれからも味わいたい。