変えたいからこそ、そのひとの色に染まる

ルポ 筋肉と脂肪 アスリートに訊け

 この管理栄養士さんの姿勢、印象に残りました。

 

P270

 国外に滞在する吉村俊亮とオンラインで会話をしたのは、まだ寒い二〇二一年二月半ばだった。・・・吉村は、サッカー元日本代表で、当時ギリシャPAOKテッサロニキに所属していた香川真司選手、バドミントン日本代表桃田賢斗選手などプロのトップアスリート数名の専属栄養士を務めていた。

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―第一線のアスリートに自分が求められるのはなぜだと思いますか。

「アスリートとの関わり方が大きいのかなと思います。

 もし、食事についての選手の意見や考えが間違っているなと思っても突っかからないですし、その場で自分の意見をぱっと返したり、専門的な話に水を向けたりもしません。トップのレベルにいるアスリートって、食に関していえば、ときどき別人格のように昨日と今日とで好みが変わって驚かされることもありますし、自分のルーティンを大事にして、だれがなんと言おうと貫き通す選手もいる。でも、相手に向かって、『それは困る』『違う』というやりとりは絶対にしません。選手自身、納得がいかない感じを引きずってしまうと、翌日の練習に影響する場合もありますから。

 話すべきときには、第三者のトレーナーも選手といっしょに同席するミーティングできちんと、と心掛けています。媚びを売ることもしないですし、結果に対するフィードバックも受け取らない。契約事は非常にシビアですから、切るときは切って下さいというスタンスです。そういうところが、むしろさっぱりしていて気持ちがいいと捉えてもらえることが多いようです」

 人間同士だから、そのつもりはなくてもよけいな感情が生じて、目の前の食事にべつの感情がまとわりつくことがある。その可能性をできるだけ遠ざけるために一定の距離感を保つというのが、プロとしての吉村の思考法だ。そのうえで、徹底的に信頼関係を築く努力をする。LINEでつながっている相手から休日や時差に関係なく連絡や相談が入ってくることも多く、そのたびに厭わず返事を送る。二十四時間仕事のスイッチが入っている状態だけれど、「自分はひとより何かが秀でているわけではないから、この十年、より高いレベルの専門家になるために時間を使って成長しようと考えてきました」。この謙虚な粘り腰が、アスリートに伝わるのだろう。

 食事だけではパフォーマンスは上がらない、と吉村は強調する。

「まずトレーニングあってこそ、です。トレーニングがなければ、食事はパフォーマンスの向上につながらないし、メンタルが崩れたら結果は出ない。体力、食事、精神面、これらがひとつの輪になってはじめて、サポートの成果を生むことができます。食事だけ突出していてもだめなんです。逆に言えば、そこがこの仕事の結果がわかりにくく、むずかしいところでもあるんですよね」

「食事はトレーニング」の意味が少し見えてくる気がした。体力と技術のトレーニングを支え、さらに押し上げるトレーニングとしての食事。だから、管理栄養士もチームの一員として「体力、食事、精神面」のバランスを成立させるところに仕事の要諦がある。

「僕らはそのひとを変えたいからこそ、そのひとの色に染まりながらやっていかなきゃいけない。居心地がいい、安心できると感じてもらえなえれば、最終的に目指すところには行けない」

「変えたいからこそ、そのひとの色に染まる」という言葉にはっとさせられた。それが結果を求めるための一食であっても、おいしい、楽しい、うれしい、ほっとする、人間の根源的な喜びに結びつかなければ身体には取りこまれていかない。無意識の領域や脳の働きに関わるところにもまた、スポーツの現場における食事の奥深さとむずかしさ、あるいは無限の可能性があると思われてならない。