今への感謝

宇野昌磨の軌跡 泣き虫だった小学生が世界屈指の表現者になるまで

 現役の時にその体験の貴重さをもっとわかっていれば…という言葉を聞くことが、昔は結構あったような気がするのですが、今アスリートとして一番力を出せる時に、それを自覚した上でやれるというのは、すごいなーと思いました。

 

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「緊張感―それが辛くて、不安で、逃げたいという人もいます。でも試合での緊張感って、選手をやっている今しか味わえないものですよね。今限定の、貴重な経験だと思う。だから僕は、しっかり緊張したいんです。そして、緊張のなかでいい演技ができた達成感を楽しみたい。それはきっと、一生で今しか楽しめないことですから」

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 現在の彼は、外野の声にも振り回されない強さを持っている。ファンの声にも浮かれず、メディアのプレッシャーも気にせず、自分を取り巻くあらゆる熱気に、ここまで動じない選手も珍しい。

「昌磨は、すごく冷静なんです。トップの選手でも、佳菜子みたいに言われた言葉にいちいち傷ついたり、ほめられたら単純に大喜びしたりする選手もいます。それが、普通ですよね。でも昌磨は、まわりから何を言われても冷静な判断ができる。ずっと以前、ノービスで全日本ジュニアに出たころなどは、試合で興奮しすぎるようなこともありました。でも今は、言われた言葉やまわりの雰囲気に対して、冷静に判断できる。大人だな、彼は大丈夫だな、といつも思っています」

 そばで見ている美穂子コーチも、太鼓判を押す昌磨の冷静さ。

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 ・・・2018年2月。宇野昌磨はまだ二十歳になったばかり。・・・小さなころからの夢、オリンピックという舞台を楽しんでほしい、と思った。

「・・・やっぱり僕は勝負が好き。試合は楽しい。それも、レベルが高くなればなるほど楽しめるんです。

 今シーズンは何度も、すごく楽しく試合ができました。楽しむといっても、いろいろな『楽しむ』があります。ただ気楽に楽しむのもいい。でも今は、思い切りよく全力で攻められることに楽しみを感じられたらいいな。楽しみ、かつ真剣に。その両立がちゃんとできるように。楽しまなければ、身体も思うように動かない。でも楽しんで、いい緊張感で身体がしっかり動けば、いつもの練習の成果に、さらに気合いをプラスした演技ができるんです。僕、本当にうまくいってる時は、演技中も笑顔になってしまうんですよ!そのくらい『楽しめてる!』って気持ちを、実感できたらいい。心から試合を楽しんで、それが気持ちだけでなく、表情に出てしまうくらいの!そんな笑顔で滑る試合を、してみたいな」

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「今の人生が、僕は幸せ。スケートだけができている今が、本当に楽しくて、幸せなんです」