私が私として、私らしく生きる、暮らす

私が私として、私らしく生きる、暮らす 知的・精神障がい者シェアハウス「アイリブとちぎ」

 こんなふうな場所があったらいいなー、あぁ現実にあるんだ、よかったなーと思いながら読みました。

 

P101

 生きることに必要な「強さ」ってなんだろう。「びくともしません」「頑丈で何があっても倒れません」というドシンとした印象を思い浮かべてしまうけれど、実はそうではないような気がする。

 風が吹いたら飛んでいってしまうような軽さで、姿カタチをふわっと変えながら進んでいけるようなもの。変わった先では、変わったなりに、そこでの居心地の良さを見つけられる。そんなしなやかさが、本当の「強さ」なのではないか。

 一人ひとりは、障がいがあって頼りないかもしれない。保護者やご家族の方は、自分たちがいなくなった時に幸せに生活していけるのか心配かもしれない。もし長年入院していたとしたら、病院を出たあと、地域で幸せに暮らしていけるのか不安かもしれない。不安や心配ごとはいくらだってでてくる。

 だけど、本当に困ってしまった時は、だれかに助けを求めることができたらいいのではないか。そして、困っている人に対し、自然に手を差しのべあえる居場所があったら、一歩ずつでも前に進んでいけるのではないか。困ったら「困ったよ」と言えて、つらかったら「つらいよ」って言える。それをちゃんと受け止めてもらる。「ここにいたくないよ」って思ったら、違う場所に行けるし、違う場所でも、またチャレンジすることができる。

 一人ひとり、一つひとつは弱いけど、弱さを認めて、むしろ活かしていく。風に乗りながら、姿、カタチ、やり方を変えながら、前に進んでいけることこそが、本当の「強さ」なのだ。アイリブではそんな強さをもちながら生きていくことを「自律」と考えている。

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 たとえば、目の前にいる人が困っていたとする。その人にとってはとても難しいようだけど、あなたには簡単にできてしまうようなことだった。なので、さっと手を差しのべてみた。そしたらものすごく感謝され、満面の笑みで喜んでくれた。そんなに喜んでくれるなんて、逆にあなたの方が「ありがとう!」とうれしくなった。そんなあたたかい「ありがとう」の交換が、毎日いろんなところであったらいいな。

「あなたのためにやってあげる」ではなくて「私が」やりたいからやる。「私が」こういう社会がいいなと思うからやる。「私が」望む未来へ向かう手段の一つとして協力したいからアイリブに参加する。「自律」を育んでいける「強くてあたたかいコミュニティ」って素敵だな、と「私が」思っているから、そういう地域社会を「私は」つくっていきたいんだ。

 

P107

「私らしく」っていうのは、人との関係性から生まれると思っています。一人では「らしさ」はつくれない。だからこそ、生きること、暮らすこと、そんな最も自然な営みにおいては、「私らしく」を何よりも大切にしたい。・・・

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 世界に存在するのが私ひとりだとしたら、「私らしさ」は存在しない。誰かとの関わり、誰かへの思い、誰かへの感謝や悔しさが、孤独な時間や楽しい時間の私の「らしさ」をつくる。自分が人に劣っているとか、自分だけが浮いている、そんなマイノリティをオリジナルと言い換えて、「ユニークこそ世界だ」と思える社会にしたい。自分自身の「私らしく」に向き合うことが、他人の「私らしく」にも寛容になれるヒントになるのではないでしょうか。

 

P177

 私が人生で出会った障がい者は、「車椅子で酸素ボンベ持って、ヘルパーさんとスペイン行く!」とか、「ハワイで透析受けれるから1週間行ってくるね」とか、片麻痺で歩けなくても「友達と船乗って釣り行くわ!」とか「海外の仕事続けたいから、歩けるようにして、向こうのマンションの住宅改修頼むわ」とか、学校の先生も「ヘルパーさんについてきてもらってトイレ介助お願いする。授業してくるわ」とか「ディズニーランドのレストランでミキサー食お願いした!」とか、車いすで一人で外出してあちこちお手伝いしてもらえる施設探しをしたりとか…。結構、面白いユニークな方が多かったです。

 そこから学んだことこそ、本当の「自律」です。自分の希望のため、ワクワク生きるために、人や物を使う頼る、環境を整える…。そう、自分ひとりでできなくてもそれでいいのです。ワガママ万歳!希望を胸に抑えずだす。そこから自律支援が始まる、と思っています。失敗体験も挫折も自律支援、できないと決めつけてしないより、やってできないことを学ぶ。その経験こそが生きていく力になると信じています。

 アイリブも「自分で暮らすをサポートする」ことをテーマにしているのも、まさに「自立」+「自律」=私らしい暮らし(人生)をサポートできればと思っています。もちろん、「つらいから助けて」「できないから手伝って」と言うことは、恥ずかしいことではなく、そんな自分を見つめてヘルプを言えること!手伝ってもらうこと!も自分で決めたなら自律といえるのです。