ああ、そういう見方もあるんだなと参考になる本でした。
ここはあとがきの部分で、印象に残ったところです。
P208
これを書いている今は秋で、メディアは就職状況を伝えている。内定率は八〇パーセントの半ばくらい、売り手市場だという。若者の人口減で、こういうことになっているらしい。
身の回りを見渡すと、まったく違う状況が見える。虫が好きで、標本作成が大好き。そういう三十代の男がいる。親の代から勤務していた工場も辞めて、その道一筋。標本を作らせたら一流だが、そんなものを専門に作る人はほとんどいないから、世界一かもしれない。彼の問題は何か。当たり前だが、収入がない。しょうがないから、ネットで広告をして、世界中からお客を探そうか、などと考えている。ただし、うっかりうまくいって、お客が増えたとすると、自分一人では間に合わない可能性がある。そんな心配までしているから、なかなか仕事が立ち上がらない。
自分で農業法人を立ち上げた男もいる。元来は土建屋さんだが、仕事が環境破壊だというので、会社を辞めて有機農業に踏み切った。意気に感じて集まった若者が六人いるが、農業だから食べものには困らない。ただしお金がない。だから土建屋時代のコネも使い、あれこれ仕事を請け負って、それで現金を得る。この男も虫が大好きで、だから環境に敏感なのである。
専門家もいる。一流大学を出て、科学博物館で手伝いをしていたが、いまは大学に勤務している。ただし契約は一年、親分である教授の研究費が切れると給料が無くなる。私が見るところ、尋常の学者ではない。きわめて優秀。ただし専攻分野が特殊なので、学界でも一般性がないと見なされてしまう。
こういう人たちと日常お付き合いをしている、これでは世間の常識と折り合うはずがない。
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就職状況がいいということは、いいことでもあり、具合の悪いことでもある。なぜなら就職とは、既成の社会組織に組み込まれることを意味するからである。その社会に大きな目で見て問題があるとすると、個人はどうすればいいのか。戦前の日本がいわゆる軍国主義に走ろうとしていたとき、国民は何をどう考えればよかったのか。
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・・・私は、現代社会からいわば外れている人たちに注目する。右に挙げたような人たちを見ていると、それが悪いとは思えない。むしろ世間から外れて当然ではないか、という気がしてくる。・・・