こちらもちょっとしたことに思えますが、ああそこが違うんだ、と思ったところです。
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・・・普通の人は街の商店街にある個人商店の接客はどこも似たり寄ったりだとなんとなく信じている。鮮魚店、青果店と精肉店の接客には違いがないと思っている。しかし、それは誤解だ。精肉店の接客は前者のふたつとはあきらかに違う。
木俣はショーケース越しに「いらっしゃい」と言った後、「何に使われますか」と声をかける。肉の用途、つまり、今晩のおかずはどんな料理ですかと聞く。
一方、鮮魚店の店員は冒頭から「何に使われますか」とはまず聞かない。青果店も同じだろう。鮮魚店にやってくる客はすでに刺身を買う、もしくはシャケの切り身を買うとある程度、心づもりができている。青果店の客も同様である。家族に鍋を食べさせたいお母さんは白菜を買う。キャベツを買う客は焼きそばなり、千切りキャベツなり、ロールキャベツなり、だいたいの献立が頭に入っている。献立を決めてから店に来ている。
ところが、精肉店の店頭に立つ客は商品の肉と値段を見てから献立を考えることが多い。仮に、焼き肉にしようと思っていても、ひき肉が安かったりすると、ハンバーグに変えてしまう客がいるのが肉屋の店頭だ。
「肉屋に来るお客さんは迷っている方がほとんど。ですからね、僕は必ず尋ねます。それから話をします。それに若い方は料理をしないでしょう。作り方を教えてあげないと肉を買ってくれません。『肉じゃがを作りたい』とおっしゃるお客さんが来ます。100グラム千円以上の肉を買おうとしたら、ダメダメ、肉じゃがだったらそんな高い肉でなく、こっちの500円の細切れで充分ですよ、と。そうやってお話ししながら料理の作り方を教えながら売るのが町の肉屋なんです」
木俣は来た客に、肉を見せる。ヒレ、サーロイン、すき焼き用、しゃぶしゃぶ用、細切れ……。そうして、何を食べたいかを決めてもらう。食べる人数も聞く。それに合わせたグラム数を提案して、料理のコツも教える。
町の肉屋のサービスとはつまり提案営業だ。・・・
むろん、彼は高級牛肉を手切りさせたらプロ中のプロだ。・・・だからこそ彼は客と話をする。迷っている客には、その日のおかずを決めるよう話を持っていく。さらにフライパンの振り方、ガスの火加減まで懇切丁寧に教える。