以前読んだ「わが盲想」の著者アブディンさんの、日本語学習過程についての本。
よくこんなに日本語を使いこなせるなーと驚くばかりでした。
P117
―アブディンさんも、高度な「おやじギャグ」の使い手ですよね。
はい。おやじギャグには自信があります。あれは、その場で作るのが鉄則で、作り置きを使ってはだめなんです。ぼくにレベルが近い人はあまりいませんから、最近はお披露目する場面があまりないんですよ。今日も、Tさん(担当編集者)が「頭を使うから糖分も必要でしょ」ってチョコレートを出してくれたから、ぼくはすぐ「当分の間はね」って答えたんですが、まったくスルーされましたからね。おもしろいかどうかは分かりませんが、スルーされるのはちょっと傷つきます。
おやじギャグを言うと、相手は気づかないか、気づいても妬みか僻みか分からないけど、おもしろくないと軽視するか、二つに分かれるんです。もちろん後者のほうが性質が悪いんですけど、前者も困ります。一番いい方法は、返し技で返すことなんですが、それができないなら笑ってくれればいいんですよ。
―「返す」というのは?
たとえば、この間ごはんを食べに行って、「鶏はどうですか」と聞かれたから、「とりあえずいいですよ」と答えたら、相手もまた「トリ」で返してきて、「いやなんか、とりとめのない話で」って。こんなふうに「トリ技」を続けてたら、隣にいた人が「もうこの辺でいいかな、注文して」なんて言い出してね(笑)。こんなふうに分かってもらえるといいんですけど。
ぼくは最初こういうのを、おもしろい言葉遊びだと思っていました。こういう遊びの存在は、ホームステイ先の荒川さんのお父さんが教えてくれたんです。二人で言い合って楽しんでいて、おもしろかったから、外でもやってみたわけです。そしたら、それは「おやじギャグ」と言うんだと教えてくれた人がいたんです。
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どうも普通の人は、漢字でものごとを認識しているようですから、同じ発音の言葉でも最初から違うものだと思うんでしょうね。考える「構想」とハーブの「香草」、争う「抗争」なんかも、同じ発音だということをあまり気にしないみたいですが、ぼくの場合は頭の中に発音ごとに分類されているようなものだから、まず発音が同じ、というのが先に来ます。だから同音異義語を活用するのは得意なんだと思います。
―おやじギャグは、コミュニケーションにも役立つでしょうね。
それはほんとにそうですね。盲学校を卒業したあと、ぼくは生活が苦しかったから、房総半島の白浜というところで、住み込みでマッサージのアルバイトをしたことがあるんです。・・・普通は日本人が来ると思ってるじゃないですか。で、振り向いたら、想定外の人が入ってくるから、びっくりします。最初はもう、お客さんの背中も緊張で硬直してるんですよ。そのうち「どこから来たんですか?」、「スーダンです」、「どんな国ですか?」、「日本より数段広くて、数段暑いですよ」とか言ったら、一気に緊張がほぐれて、笑ってくれます。何か、マッサージ師兼エンターテイナーみたいな感じで、けっこうチップをもらいました。
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おやじギャグなんて言いますけど、これは最高のコミュニケーションツールですよ。むやみに連発するのは問題ですけど、「ここぞ」というところで使うと、人間関係の緊張が緩むんじゃないかと思います。