このエピソード、印象に残りました。
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手前のベッドの上に一人の父親がおり、その横に2人の少年がいるのがわかった。・・・
・・・彼らの顔は正視しづらかった。両目とも正常なようだし、鼻の穴も口も開いていて、あの取材を断られてしまったフードの男性のようにどこが失われたかさえわからない状態ではないのだが、それでも一方のまぶたが垂れ下がってしまっていたり、唇の一部をなくして歯が出ていたり、頬の一部が隆起していたりする。腕にも手の甲にも火傷の痕が赤黒く這いずり回り、どこに視線を送れば失礼でないか俺は迷いに迷った。
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少年は兄アミールが11歳、弟ヌールが10歳。
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イエメンのアムラン州に住んでいる彼らは、2015年8月に町ごと迫撃砲で攻撃された。
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最初はアミールもヌールも少し緊張していて、お行儀よくというか体を固くしてベッドに腰かけていた。彼らは自分たちが話題の中心だとわかっており、そうそう勝手な動きもしにくいと判断していたのだろう。聡明であることは逐一の反応でもよくわかった。
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しかし、10分も経たないうちに不思議なことが起こった。
まず俺は、さっきまで音楽室で一緒に太鼓など叩いていたヌールが、体を左右に揺らすのに自然に反応してしまっていた。それは言語を超えた、まあ子供っぽいやりとりだった。一方は本当に子供だし。
そのヌールがやがて、こちらをいたずらっぽく見上げるのがわかった。俺は思わず両手で爪を立てるような仕草をした。熊というかライオンというか猫なのか。ヌールは笑い、すかさず逃げるふりをした。
一方、兄のアミールにも俺はすぐに話しかけた。名前を呼ぶ以外、彼らの言葉は何もしらなかった。すると顎の細いアミールはベッドに敷いてあったシーツを引っぱり上げ、その中に顔を隠した。よく見ると、シーツの向こうでアミールが震えて笑っているのがわかった。
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今度はいたずらっぽい目のヌールがこちらを見てくすくす笑うのを俺は相手にした。続いて兄アミール。遊びの間でも彼らはやたらに恥ずかしがるのだが、それがこちらの思うつぼであった。くすぐらなくても、少しでも手を近づけるフリをするだけで2人はくすぐったがって笑うからだ。
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そして俺に不可思議なことが起こった。
笑っているアミールとヌールの、火傷前の顔が俺の目にはっきり見えてきたのだった。
まるで表面に映されていた余計なCGか何かがなくなっていくかのように、彼らが受けた傷の向こうにある、何年か前までの彼らの表情が俺には確実に見え、隆起や欠損が薄らいでわからなくなったのだ。
わ、なんだ、これ?
この体験に俺は出し抜かれ、呆然とした。
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撮影を終え、子供たちに別れを告げると、俺たちはランチのために病院を出ようとした。すると、横にいた舘さんがもはやひとりごとのようにこう言うのが印象的だった。
「誰も恨みつらみを言いませんね」
そう、彼ら誰一人として他人を責めなかった。それは病院の中で、自分よりもっとむごい体験をした人を知っているからかもしれないし、俺たちアジア人にそんなことを言っても仕方がないから、あるいはすべてを神のおぼしめしと受け取る文明の中を生きているからだろうか。