ゾーン

超人の秘密:エクストリームスポーツとフロー体験

 複雑骨折した足首で、スケートボードでジャンプ⁉・・・ただただ驚きました。

 

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 ダニー・ウェイは、史上最高のスケートボーダーだと言われている。彼は二〇〇三年のスケートボードのドキュメンタリーフィルム『THE DC VIDEO』で、メガランプを初めて世界に紹介した。・・・一見すると、この奇妙な装置はなんとも意味不明で、スケートボードで滑り降りるものというより、シュールレアリズムの絵画から抜け出てきたようなのだ。・・・

 二〇〇四年にウェイは、メガランプをXゲームズのスケートボード種目の目玉にしろ、そうしなければXゲームズに出ないと言って、Xゲームズの運営側を説得した。もちろん、ウェイが優勝だった。さらに同じ年、飛行機の窓から万里の長城を見たウェイは、その上を飛び越えることを次の目標に決める。・・・

 ・・・ランプの建設を始めてから数週間の時点で建築担当者たちは、・・・万里の長城を飛び越えるのに必要な距離は、想定よりもかなり長いことに気づいた・・・ウェイは衛星電話で連絡を受けた。「成功させるには、七〇フィート(二一メートル)以上をジャンプしなければならないと思うんです」電話の向こうではそう言っている。「これは、つまり、ちょっと危なすぎませんかね」。ウェイは「そんなことはない」と答えた。「危なすぎるものなんてない」(Nothing's too gnarly)。これはやがて、彼のキャッチフレーズにもなった言葉だ。

 ・・・完成してみると、万里の長城のメガランプは確かにかなり危ないものだった。ジャンプの前のスロープは一〇〇フィート(三〇メートル)以上の長さがあり、オリンピックでおこなわれるスキージャンプのジャンプ台とほぼ同じサイズだった。スロープの先では、万里の長城を越える七〇フィート(二一メートル)のギャップジャンプ(訳註:ゲレンデの段差やこぶなどを利用したジャンプ)をして、続いて、これまでで最大規模の高さ三二フィート(九.七メートル)のクォーターパイプへと落ちていく。ウェイの計算では、このクォーターパイプで彼の体は約三五フィート(一〇メートル)―地面からでは約七〇フィート(二一メートル)―の高さまで到達することになっているので、もちろん、少しのミスも許されない。しかしここが厄介なところだ。スケートボーダーはミスするものなのだ。

スケートボードというのは、失敗のスポーツだ」とウェイは言っている。「このスポーツが特別なところはそこだ。スケートボーダーは、かなりの身体的な苦しみに耐えることもいとわない。何かを何週間もぶっ続けで練習して、苦痛をともなう失敗を何度も繰り返す。ただ私の場合、最終的にすべてがかみあうとき、つまり、限界まで突き詰めていって、自分の能力以上の滑りができるときには、ゾーンに入っている。何も聞こえなくなる。時間がゆっくりになる。視界が狭まる。ほかでは体験したことのない、穏やかな精神状態になる。どんな失敗も受け止められる。そんな感覚が来ると知っているかぎり、それだけで充分やる気がでる」

 ・・・ウェイは試走してみることにした。

 ・・・

 ウェイがいつもトレーニングをしているのは、空気の薄い砂漠地帯だ。一方、中国では、湿気が高いせいで空気ははるかに濃かった。その濃い空気のせいで、ウェイの助走速度は遅くなり、ギャップジャンプの距離が足りなかった。ランプに身体をたたきつけられ、さらに五〇フィート(一五メートル)以上転がり落ちていった。足首は複雑骨折し、前十字靭帯が断裂していた。ボードを漕ぐ足は、信じられないほど腫れ上がっていた。ウェイは病院に運びこまれたが、ケガの程度を知りたくなかったので、治療の前に足を引きずりながら病院を抜け出してしまった。そのあいだに、作業員たちは忙しく働いていた。助走路を長くし、ギャップの距離を短くしていたので、ウェイがもう一度挑戦することに決めたら、次もまた違うジャンプ台での初めての滑走ということになる。

 もちろん、ウェイはもう一度挑戦した。二四時間後、なんとか歩けるようになったウェイは、また階段を一〇階分昇った。動きはゆっくりで、息は荒く、首はうなだれたままだ。その様子を、一億二五〇〇万人以上の中国人が見守っている。ほとんどが息を殺している。・・・

 ジャンプするまでの五秒間は、どうしようもないほど長かった。その五秒後、ジャンプは終わった。ダニー・ウェイは、とてつもなく不利な条件でも冷静沈着に、万里の長城スケートボードで飛び越えることに世界で初めて成功したのである。そのジャンプでは、ふたつの世界記録を塗り替えた。

 これが一般的なスポーツであれば、ここで話はおしまいだろう。しかし、表彰台に立つという栄誉が、エクストリームスポーツのアスリートが何かに挑戦する動機であることはほとんどない。ウェイがスケートボードをするのは、記録を破るためでもなければ、チャンピオンになるためでもない。彼はスケートボードをする。それだけだ。そのうえ、メガランプの建設には五〇万ドル以上の費用がかかる―だから、メガランプに挑戦できるチャンスというのは毎日のようにあるものではない。そういうこともあって、それ以上証明すべきものもないし、自分の命を危険にさらすことにもなるのに、ウェイはぼろぼろの身体を引きずって、もう一度長い階段を昇った。今回は完璧な360(スリーシックスティ)でギャップを越えた。そのうえ、それがまぐれではないと示したいというだけで、そのジャンプをさらに三回やってみせた。

 フリースタイルモトクロスの伝説的存在であるトラビス・パストラーナはこう言っている。「・・・そもそもほとんどの人は、骨折した足首で立つことすらできない。ダニーは立っただけでなく、四Gの力に耐えて、クォーターパイプに着地したんだ。それも五回連続で」

 ・・・

 ・・・しかし、どうしてそんなことができたのかについては、ほとんど説明がつかない。ウェイも同じように感じている。「複雑骨折をした足首で、どうやって万里の長城を越えるジャンプみたいなことをしたのか、知りたいかもしれないが、自分でも答えられないんだ。言えるのは、もう話したけれど、限界まで突き詰めていって自分の能力以上の滑りができるときというのは、いつもゾーンに入って瞑想しているということだけなんだ」

 

ちょっと不鮮明ですが、その万里の長城のジャンプの動画がありました。


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