無敵の老後

無敵の老後

 きのう、おとといに続き、こちらも同じ方の本を読みました。

 

P2

 わたしは定年退職した翌日のことをよく覚えている。

 もう朝早く起きることも、満員電車で通勤することもない、好きなときに起きて、好きにすればいいという、まるでパラダイスのような日を迎えたはずなのに、さて今日一日なにをするかなあ、と戸惑ったのである。

 たしかに楽ではあった。だがウキウキの気分は全然なかった。

 好きなときに起きて、というが、べつに好きなときなどないし、好きなことをして、というのも、べつに好きなことなど、あるわけがないのである。

 ただ口の調子で「好きなこと」といっているだけである。それで目の前に広がっていたのは、めりはりのない、ただのだらっとした時間だったのである。

 わたしが戸惑ったのは、わたしがあきらかに定年退職初心者だったからである。どう時間を使い、どう自分を扱えばいいのか、わからなかったのだ。で、一週間ほど、自転車で市内を回ったり、喫茶店を探したり、はじめて行く公園で休憩したり、川べりの草むらで寝っ転がったりしていた。

 ・・・

「無敵の老後」とは、ごくふつうのじいさんが、どのように生きれば平穏な老後期を過ごすことができるか、の問題である。心の持ちかただ。

 わたしは以前、『自分がおじいさんになるということ』(草思社、二〇二一)という本のなかで、「生きているだけで楽しい」という実感を持つに至ったと書いた。

 そしてこの実感がもし「腹の底から納得できるのなら」、それは老後の生活や人生にとって「怖いものなし、最強不動のベース」になるのではないかと書いたのである。

 この「最強」というのは言葉の綾である。本書はそれを、商売っ気の誇張もあって、「無敵」といいかえたのだが、これもまた言葉の綾である。

 しかしもし人が「生きているだけで楽しい」と心から実感できるなら、つまらぬ考えから自由になれることはたしかである。

 老後はなにをしたらいいかとか、どのように過ごしたらいいかとか、まして「人生一〇〇年時代」といわれている現在、後半の人生をどうしたら楽しくすごすことができるか、といった余計なことを、考えなくていいのである。

 めんどうくさいなあ、〝ただ生きる〟だけでいいんだよ、で終わりである。

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「無敵」とは「敵」(苦)に打ち克つことではない。

「敵」を「無くする」ことである。

 

P59

 もう七十を過ぎた歳になると、生きがいもへちまもない。そんな言葉に心がすこし動かされるのは、せいぜい六十や六十五で定年退職するあたりまで、である。

 その頃までは、第二の人生だとか、第二の青春だとか、老け込むにはまだ早い、とかいわれたものだ。なにかこれがわたしのやりがいだとか、これが楽しくてねえ、というものがあるだろうと軽い脅迫にあっている気分だった。

 そこで、そうかやりがいか、生きがいねえ、とすこし考えてはみるものの、はっきりいってなにもない。

 やっていることの延長で、なにかがあればいいが、自分の外に無理に探すようでは、あるいは無理に作ろうとするようなら、もうだめである。ないのだから。

 わたしは若いときから、やりがいとか生きがいなど考えたことがない。どうも「生きがい」とか「やりがい」という言葉は無理に考えられた言葉ではないか。わたしの場合、そんなものは元々考えたことがないのだった。

 するべきことをし、いやなことはできるけしないようにしただけだった。

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「生きがい」があろうとなかろうと、わたしたちは生きていくのであり、「やりがい」があろうとなかろうと、わたしたちはすることはするのである。

「あなたの生きがいはなんですか?」

 当然、とくにないなあ、と答えていいのである。どうせ訊くほうも訊きっぱなしである。そのあとはなにも考えちゃいないのだ。

 まあだれに訊かれることもないだろう。それでも万が一、訊かれたときには一言、ないね、といえばいい。「ねえよ、そんなもん」と、なにかで答えていたおじいさんを見たような気がする。こういうじいさんになりたいものだ。

 自分なりの生きがいがきちんとある人はそれでいい。

 そんなもん聞かれるまでもない、阪神タイガースやないかい、でも、日本ハムファイターズです、でもいい。ない人は、いらんのである、そんなもん。悔しがることでもない。