デジタルとAIの未来を語る

 

オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

 オードリー・タンさんの話はとてもバランスがよいと感じます。

 不思議な心地よさです。

 

P47

 ・・・私は睡眠の質あるいは時間を重視していますが、眠っている間も脳に作業をしてもらっています。

 それはこういうことです。私は寝る前に、仕事に必要な資料をすべて読み込みます。ただ、読み込むだけで何も判断しません。頭で判断しようとすると眠れなくなってしまうからです。まずは情報のインプットだけを行い、インプットが終わると、「明日起きたらこの問題の回答を得なければならない」と思って眠りにつきます。すると、翌朝目が覚めたら頭の中に回答ができあがっています。眠っている間に脳がどのように働いたのか、私にはその仕組みはわかりません。

 

P84

 私は生まれつき「心室中隔欠損症」という心臓の病気を持っていたこともあり、身体が弱く、感情が高ぶってしまうと顔色が紫に変色して、卒倒してしまうこともありました。身体的に怒るということができず、学校での集団生活になじむことができませんでした。・・・

 十四歳で学校を離れる前、・・・私は家族の同意を得て台北市郊外の烏来に行き、静かな環境で過ごしました。そこでこれからどうするかについて一人で考えたのです。当時、私は全台湾の小中高生が参加する「全国中学生科学技術展」というコンクールの応用科学部門で一位を取っていて、自分の好きな高校に無受験で進学できる権利を得ていました。行きたい高校がなかったわけではないのですが、私はすでにインターネットを利用して自らの興味に従って研究を進めていました。

 当時、私が研究していたのはAIやAIの自然言語処理に関する最先端技術でした。その研究課程で多くの研究者と出会い、・・・そのため、学校の授業で学ぶ内容がウェブで学べる最先端の知識よりも十年ほど遅れていることにすぐ気づきました。・・・

 ・・・

 ・・・そこで、私は「中学を退学して、独学で学びたい」という自分の考えを、当時の中学の校長先生に率直に打ち明けたのです。

 ・・・私はインターネットを通じて、・・・教授たちともやりとりをしていました。研究に関する私と彼らのメールでのやりとりを校長先生に見せて、「もうすでに教授たちとは一緒に仕事をしています。毎日学校に行っていたら、自分の研究時間が減ってしまいます。・・・」・・・

「中学を中退したい」という私の要望を受け入れれば、校長先生に罰則が科せられることになります。当時は飛び級に関する法律がなく、中学は義務教育なので、・・・法律に違反する行為だったのです。・・・

 校長先生は私の話を聞いて一~二分じっと黙っていましたが、最後に口を開いてこう言いました。

「明日からもう学校に来なくていいよ。あとは私が何とかするから」

 これはもう時効になった今だからお話しできることですが、校長先生は教育局の監査が入ったときも、あたかも私が学校に来ているように見せることで私を守ってくれました。・・・私の考えを支援してくださった校長先生には、心から感謝しています。

 

P161

 私の成長期において、男性ホルモンの濃度は八十歳の男性と同じレベルでした。そのため、私の男性としての思春期は未発達な状態でした。ニ十歳の頃、男性ホルモンの濃度を検査すると、だいたい男女の中間ぐらいであることがわかりました。このとき、自分はトランスジェンダーであることを自覚しました。

 私は十代で男性の思春期、二十代で女性の思春期を経験しましたが、今述べたように一回目の思春期のときは、完全に男性になるということはなく、喉仏もありませんでした。また、男性としての感情や思考を得ることもありませんでした。二十代で迎えた二度目の思春期には、完全ではないけれどもバストが発達しました。結局のところ、私は男女それぞれの思春期を二~三年ずつ経験しているのですが、一般的な男性や女性ほど、完全に男女が分離しているわけではありません。そのため、行政院の政務委員に就任する際、性別を記入する欄には「無」と書きました。

 私は人と人とを区別する「境界線」は存在しないと考えています。これは性別についても同じです。・・・

 ・・・トランスジェンダーは、物事を考えるときに「男女」という枠にとらわれることがなく、その分、自由度が高いように感じます。また、自分はいわゆる少数派に属していますから、すべての立場の人々に寄り添うことができます。これはトランスジェンダーのよさだと思っています。

 私は子供の頃、左手で字を書いていました。みんなが右手で字を書いていることには気づいていたので、その頃から「自分はマイノリティである」という経験をしています。「マイノリティであるからこそ、他の人には見えない視点を持つことができるかもしれない」とも思います。