自由への手紙

オードリー・タン 自由への手紙

 オードリー・タンさんが語ること、とても興味深く読みました。

 

P11

 自分がどんな人であるかを、表現することが自由です。

 自分が自由を手にしたら、握りしめずに共有して、みんなを自由にする。

 自由とは受け取るものではなく、惜しみなく与えるものです。

 自由を共有すること。それこそ、私たちがつくる自由への道です。

 

P79

 私には、思春期が2回ありました。

 最初の思春期が訪れたのは14歳のとき。思春期とは「第二次性徴があらわれる時期」とされていて、それが主にテストステロン(男性ホルモン)とエストロゲン(女性ホルモン)の働きであることは、よく知られています。

 それなのに、14歳の私の体の中で、テストステロンのレベルが高まることはありませんでした。

「80歳の老人並み」

「女性と思春期男子の中間ぐらい」

 これが検査医の見解でした。

 

 2度目の思春期は24歳のとき。ホルモン剤を服用し、女性として思春期入りすることを自分で決めたときで、それは2年ほど続きました。

 こうして2回の思春期を経験したのち、「男か女か」という二者択一的な考え方が、私の中で消えました。

「女である」と自分をとらえている人は、社会の半分は、自分と異なるものだと思うことがあるでしょう。

「男である」と自分をとらえている人も、社会の半分の人々を、自分とは別の人たちだと思っているかもしれません。

 しかし私の場合、「社会の半分は自分とは異なるものだ」という感覚がありません。

 むしろ、交差的な体験をしたことで、社会のほぼ全員と同じ経験を共有しているような気がしています。

 

 私はトランスジェンダーですが、自分は「マイノリティ」というカテゴリーに当てはまらないとも感じています。

 思春期を2回経験する人は、左利きでありながら右利きにもなろうとする人と同じくマイノリティかもしれません。しかし、ひとたび両方を経験すれば、最大限に「インクルージョン(包括)」と言えるのではないでしょうか。

 どちらでもあるし、どちらの側にもなれる。

 どちらも含むのではなく、すべてを含む。

 どちらも尊重するのではなく、すべてが尊重される。

 左手と右手、両方を使ってみるような試みをした人はみな、インクルージョンになれる力を与えてもらえる―私はそんなふうに考えています。

 だからこそ、性的指向を問われたとしたら「私はサピオセクシャルです」と答えます。知性(サピオ)に魅力を感じるということです。

 私が愛するのはホモサピエンスだということ。それが私のスタンダードな回答です。

 

「男と女」という二者択一から自由になる。この考えのはじまりも、やはり10代にあります。

 14歳で中学を中退したとき、校長先生をはじめとする先生がたはみな、全面的に祝福してくれました。

 中退後、私が最初にしたのは旅に出ること。目指したのは、台湾北部。タイヤル族の住む山岳地帯でした。

 

 台湾原住民の文化は、それぞれかなり異なっています。

 たとえばアミ族など母権制の原住民もいます。また、母権制でも父権制でもない社会を築いた原住民もあり、彼らにとってジェンダーは、左利きかどうかと同じことで、リーダー選びには関係ありませんでした。

 さらにジェンダー表現に関しても、性別が3つ、あるいは5つあったりする原住民がいます。

 つまり台湾には、いにしえから、ダイバーシティ(多様性)もプルラリティ(多元性)も存在していたということです。

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 旅をして人々にふれ、あれこれと調べるにつれ、私は台湾原住民のルーツをより深く理解できるようになりました。そしてこの台湾には、何千年も昔から「男と女の二者択一」とは異なるデフォルト設定があったのだと、気がつきました。

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 ごく身近なところにも異文化があり、その異文化の視点から、自分の育った世界を見つめ直すことができます。そうすると、これまで当たり前だと思っていた「ものの見方のデフォルト」が根本的に変わります。

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 ジェンダーも文化も、インクルージョン。境目というものは、実はどこにも存在しないのです。