オードリーへの質問つづき

オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと

 人ではなく物事に対して、この姿勢が基本にあったら、人間関係が穏やかになりますね。

 

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「台湾でEQが重要視されるのはなぜでしょうか」と私が訊くと、オードリーはそうですねと間髪を容れずに答えた。

「私たちは、挫折や対立を経験した時、どのように自分の心をケアすれば良いのかを非常に重視しています。台湾は人口密度がとても高いので、これは必須スキルなのです」

 EQとは、一つの対人スキルのようなものだと思っていたが、オードリーのこの捉え方は私に新しい視点をもたらしてくれた。

「叱るという行為は、その人の態度についてではなく、ある物事に対して行われるべきです。その人に対する批評と、間違った行為を正すことは異なる行為だからです。

 たとえば、誰かがはみ出し駐車をしている時も、赤信号で横断歩道を渡っている時も、その人を否定するのではなく、その出来事に対する批評であれば人前であっても行っていいと私は思いますよ。このことを表す『對 事不對 人』人ではなく、物事に対して行おうという意味)』という台湾の流行語があります。英語だと<Don't take it personally>といったところですね。台湾でこの漢字五文字を知らない人はほとんどいないでしょう。誰もが100回は聞いたことがあると思います」

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「私は、台湾人に對 事不對 人が受け入れされている理由は二つあると思っています。

 一つは、台湾は人口密度が高く、人と会うことを避けられないということです。深い山の中でもなければ、何度も同じ人に出会う生活になります。台湾には『一回生二回熟(一度目は生焼け、二度目は火が通るという意味)』という諺があるように、初めて人や物事に触れた時はよく知らないけれど、二回目かそれ以上になると突然詳しくなるのです。人口密度が高いがゆえに、人々が親しくなる速度も速くなり、まるで社会全体が一つの大きな家族のようになります。

 もう一つの非常に大切なことは、健康・教育・公共交通の3つに関しては、社会主義的なシステムが採用されていることです。私たちの健康保険制度は人口の99%をカバーしており、加入者から集めたお金で成り立っていて、実際に医療ケアにかかった金額に応じて割引されます。台湾ではどの場所でも、患者にお金があっても無くても、医者にかかった時に受けられる医療はだいたい同じようなものです。教育についても同様です。義務教育の機会が剥奪されることはありませんし、学校に行けば栄養のある給食を食べることができます。

 これらのシステムがきちんと実行されない場合、国民はすぐに政府に対して抗議と討論を始めます。これは伝統的な社会主義の姿ですよね。最近では公共交通機関についてもこのような関心が高まっています。台湾人には同じ船に乗った者同士が助け合おうという精神が根付いていて、その精神と、資本主義における競争精神とを分けて考えることができていると思います」