印象に残ったところです。
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養老 ・・・意識のおもしろいところは、意識がある間は自分が指揮系統のトップに位置して、体は自分が命令して思うように動かしていると思っているところですよ。自分がいちばん偉いと思っている。
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要するに、人の意識は「主人公になる」んですよ。意識がすべてを支配していると思っている。だから逆にいつも僕は聞くんですよ。「あなた、昨夜から今朝の間に八時間ぐらい意識なかったでしょう。その間、何をしていたんですか。何を考えていたんですか」と。寝ている間、何をしていると思います?
伊集院 その間、意識がないから……。
養老 完全に無意識でしょ。人生の三分の一は意識がないんですよ。赤ん坊なんて半分以上意識がない。大学で講義しているときの学生も意識がない(笑)。その間、何なの、人って。それでいて、みんな「眠ること」は「休むこと」と思っているんですよ。
伊集院 思ってますね。あれは別って感じで。
養老 僕が助手のときにいちばん驚いたのは、脳が使う酸素量です。酸素量を測れば使ったエネルギーが分かります。起きているときと寝ているときで、どのくらい使うエネルギーが違うか測れるんですね。当然、起きているときのほうがエネルギーを使うと思うでしょ。でも同じなんですよ。起きていても寝ていても、意識があってもなくても、脳はちゃんと働いているんですよ。
「じゃあ脳は何してるんだよ」という話になる。意識というのは「秩序活動」といって、完全に無秩序なことができないんですよ。ランダムなことができない。だからこそ今でもサイコロがあるんですよ。一から六までデタラメに目を出せといわれても、意識に任せるとできないんです。「さっき一を出したから今度は二だ」と必ず秩序的に働く。・・・
脳は意識があるときは秩序のある活動をして、意識がないときは秩序的ではない活動をしているんです。意識が脳の活動をすべて支配しているわけではないんですよ。
そして、この秩序と無秩序は、完全に表裏一体の関係になっています。「熱力学の第二法則」で、宇宙はどこかに秩序が発生したときは、必ずどこか別なところで同量の無秩序が発生するんです。・・・
P106
伊集院 ・・・落語の与太郎って生産性は低いけど、なぜかいつも仲間の中にいるんですよね。
「錦の袈裟」という噺の中で、街のみんなで吉原に飲みに行くのに、与太郎を連れて行くかどうか迷うんですよ。金もないし馬鹿だから(笑)迷うんだけど中の一人が「あいつがいると場が持つんだよ」と言って連れて行くことにする。「場が持つ」ってよく分からないけど、本当は必要なんですよね与太郎。
養老 昔はどんな共同体にもそういう人が必ずいましたね。
伊集院 で、そのことに気づくと、うまくいくことがあるんじゃないかと思っているんです。必要不必要を見極めようとすると、直接的な効果や効率化だけを基準にあいついらない、こいついらないってなるんだけど、もっとよく考えてみると、巡り巡って一見不必要と思って排除しがちだったけど、実はそうともいえないものは残さないといけないと気づくのではないかと。
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結果「他人に優しくなるほうが得」ということになるんじゃないかな。損得だけで考える人が究極の損得を考えるときに、実は僕たちが優しさとか愛情とかに似たものに近づく、というか近づいてくれと思っています。