目と耳

記憶がウソをつく!

 目と耳の特徴を改めて知ったなぁと思いながら読みました。

 

P219

養老 ・・・オリバー・サックスが書いた『手話の世界へ』という本に面白いことが書いてあるんですよ。生まれつき耳の聞こえない子供には不得意なことが二つある。その一つ論理・因果性、そしてもう一つは疑問文だと……。わかりますか、この理由。

 

古館 うーん。難しいですねえ。

 

養老 それじゃあ質問を変えましょうか。耳と目のいちばん大きな違いは何だと思いますか。

 

古館 言葉の情報みたいなものは目でも耳でも得ることはできますよね……。目は「瞬間」っていうくらいで、それこそ瞬きするくらいの短い間でも情報を得ることができるけど、耳はそうじゃない。耳が何か情報を得るためにはそれなりの時間が必要だってことじゃないですか。

 

養老 そうなんですよ。耳と目のいちばん大きな違いは何かというと、耳は時間を追っていくということです。お喋りがそうで、必ず時間がかかるんですよ。ところが、目は一目でわかるんです。時間性がないでしょう。

 

古館 写真も絵も風景も、パッと目に入る。そういうことですか。

 

養老 そうです。こういうのを「同時並行処理」というんです。それに対して耳の場合は、「時間処理」です。一つの線のように時間内をずーっとたどっていく。因果というのは、原因があって結果がある。そこには時間性があるわけです。そういう意味で、生まれつき耳の聞こえない子供は因果関係が不得意ということになるわけです。同時に、疑問文が非常に把握しにくいんですね。因果と疑問というのは当然関わっていますよね。

 それでは、彼らに疑問文を教えるときにどうするかというと、穴埋め式にする。大事なことが抜けているようにして、そこには何が入るのかなという、そこから教えるわけです。穴埋めだと、何か抜けてるじゃないかっていうことが視覚でわかりますからね。ですから、日本ではまだ本格的にはやっていないと思いますが、耳が聞こえない子供の教育って、言語というものを知るためにも、非常に重要なんですよね。

 逆に、生まれつき目が見えない人は、比較的、論理性が高い。数学者になったり、音楽をやる人も多い。音楽と数学は関係性が高いんです。

 

古館 音楽って、まさに因果。時間の芸術ですよね。

 

養老 そうなんですよ。

 ・・・

 ただね、これまでお話ししてきたように、目と耳はずいぶん性格が違うんですが、逆に、その目と耳が協同して対処するものがあるんですよ。目でもできるし耳でもできるものがあるんですよ。それが、さっき古館さんが「言葉の情報は目でも耳でも得られる」っていうふうにおっしゃったけど、まさにその、言葉なんですね。

 ・・・

 そうやって共通部分が言葉になるのに対して、重なっていない、つまり共通ではない目の処理のいちばん高次元のところにくるのは何かというと、絵なんですよ、絵画。同じように、耳からの情報の処理の側でいえば、それは音楽になる。絵画も音楽もそれぞれに特徴があるというか、当たり前ですけど、絵というのは耳じゃ絶対にわからないし、音楽は目ではわからない。言葉と絵画と音楽というのはそういう関係です。

 

古館 なるほど!確かにそうです!絵を音として感じるなんてあり得ないですね。音楽を絵のように一瞬で感じたりなんてあり得ない。表現としては言いますけどね。つまり表現なんですね、言葉は。

 ・・・

養老 目でもできるし耳でもできるものって、言葉以外にあります?・・・目と耳は本来まったく違う感覚なんですよ。ところが、なぜ言葉が両方を自由に使えるのかっていう質問は、誰もしないんです。・・・

 ・・・目と耳がいかに共通処理ができないかというのは、目をつぶったらすぐわかります。たとえば、セミの声を聞いているとします。緑色のカラダで羽が透き通ったセミがミーンミーンと鳴く。黒いカラダで茶色い羽のセミジージーと鳴く。だけど、目をつぶっている場合には、視覚情報は入ってきませんから、どんな外見をしているセミかは全然問題じゃありませんよね。・・・ところが、「ミンミンゼミ」とか「アブラゼミ」とかいう言葉においては、それが一致しないといけない。「ミンミンゼミ」とは、視覚情報では緑色で羽が透き通ったセミで、聴覚情報としてはミーンミーンと鳴く、「アブラゼミ」が黒いカラダで茶色い羽のセミジージーなんだと。本来別々のはずの目と耳の情報処理がまったく共通になるという、きわめて変なものが言語なんです。

 

古館 ・・・言葉じゃない限り、目と耳の情報が一致しなくても何の問題もないわけだ。目の情報と耳の情報の処理を、右脳、左脳の話でいうとどうなるんでしょう。

 

養老 視聴覚を共通に処理しようとするのが左脳で、右脳は別々に処理しようとする脳なんです。言い換えると、言語脳が左で、音楽脳とか絵画脳は右ということですね。右脳は言葉を使わないで、音は音、視覚は視覚で処理している。非常に高度な処理をするわけです。左脳は両者を共通に処理するんですが、共通にするためには、目でしかわからない作業とか、耳しかわからない作業を、その中から落としていくんですよ。