意志の力

マリス博士の奇想天外な人生 (ハヤカワ文庫 NF)

 例えば、この意志の力で心拍数を変化させる、ということには、私も関心を持ちますが、そこから全く違う発想につながっていくのが、ほんとにおもしろいな~と興味深かったです。

 

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 バークレーにいた頃、意志の力で心拍数を変化させることのできる人間の話を聞いたことがあった。そう念じると、心拍数を上げることも下げることもできるというものだった。また、インドのある人々は身体を冬眠状態にすることができるという。私には本当のことのように思えた。カエルの一種は夏の乾期の間、穴を掘って中に入り生命活動を休止するという。人間も動物なのだから、十分な訓練をつめば似たようなことができるようになるかもしれないと思えた。私は新しく設置した電子機器を駆使して、身体機能のうち、どれかをコントロールする方法を編みだそうと思いついた。そこでまず皮膚の抵抗を調べることにした。

 回路を流れる電流は、電圧に正比例し、抵抗に反比例する。私は電極を右と左の手首にくっつけて九ボルトを流してみた。私の身体の抵抗は一万四〇〇〇から一〇万オームの間の値をとり、高くなったり低くなったりした。それは最初、私の意志とは無関係に変動した。人間の体液には塩が含まれているから電気は流れやすい。電気が流れにくい部分があるとすればそれは皮膚である。つまり両手首につけた電極の間の抵抗値とは、入るときと出るときの二回通過する皮膚の抵抗であろう。私はそう考えた。

 では、どうすれば皮膚の抵抗値を変化させることができるのか。さっそく調べてみることにした。あれこれやっているうちに、非常につまらないことを考えたり、瞑想状態になったりすると抵抗値が上がることが分かった。目を閉じてどこか名もない暗い湖に浮かんでいる様子を思い浮かべると抵抗値は上昇し、モニターの針は一八万オームに達することもあった。反対に《プレイボーイ》誌のヌード写真をながめると、おどろくべきことに、抵抗は一万オーム以下に下がるのであった。

 こいつはおもしろい。結果がもっとわかりやすい形で見えるように、私はオシロスコープ(波形表示装置)を装備した。・・・するとオシロスコープには電圧の変化に応じて、見事な波形の模様が、さまざまな変化パターンをともなって映し出される。・・・しかも波形は私の意志一つで変化させることができる。これはすごい。・・・これは専門的にいうと「リサージュ図形」と呼ばれるパターンである。本気で集中して皮膚の抵抗値をある一定の値に保つことによって、このリサージュ図形をオシロスコープのスクリーンの中にピタリと静止させて映し出すことまでできるようになった。もちろんこれにはかなりの修業を要した。でもそれだけやりがいのあるすばらしい技だと私は思った。

 しかし、他の人たちは、全然すばらしいとは言ってくれなかった。・・・そもそもリサージュ図形を作り出して、それをスクリーン上で静止させることが、どれほど驚くべき成果であるかを・・・説明して理解してもらうことが無理というものだ。

 それならこれを使ってもっと違うことをやってやろう。なんせおれは意志の力で電圧をコントロールできるのだ。そうだ。ここにいながら向かいの家の電灯を点けたり消したりする仕掛けを作ってやろう。科学手品だ。これならあの看護学校の女の子もビックリするはずだ。

 プラモデル屋で売っているラジコン自動車を入手した。これには小さなFM電波の受信装置が載っているのだ。これを使えば道を隔てて信号のやり取りができる。・・・仕掛けは見事に働いた。

 近所の人々が次々と私のテレパシー実験を見にやって来た。もちろん彼らは私がエスパーでないことを知っていたので、結局、私が電気技術の天才であると勝手に納得して帰っていった。私も特に逆らわなかった。

 看護学校の女の子たちもこれには驚いてくれた。