宮本亜門のバタアシ人生

宮本亜門の バタアシ人生 ―自殺未遂・引きこもり・対人恐怖症・・・すべて経験済み 居場所を見つけた11人の生き方のコツ話

 10年以上前の本ですが、宮本亜門さんと、よしもとばななさん、横尾忠則さん、荒俣宏さんや天下伺朗さんなどなど、興味深い方々との対談集を読みました。

 こちらは茂木健一郎さんとのお話です。

 

P77

茂木 ・・・もののあわれは生きるためにどうすべきか、ことが起きたときに凝り固まってしまうのでなく、自分が変われて学べて成長できて、人と行きかえる、そうしてよりよい生き方を見つけていく方法論みたいなものだと思うんです。

 日本人は生きるということの本質を見つめる力を伝統的に文化遺伝子として持っていると思います。歌舞伎や文楽にもあるし、演歌にもある。しかも大衆レベルである気がします。それって脳の最先端の研究にも関わるんですよ。偶有性というのですが、人生一回しか起こらないことが大事で、それにどう向き合えるかが脳の本質、という見方があるんですね。

 

宮本 そういう柔らかな脳の潜在力を持ちながら、一生懸命生きようとするあまり、ときに不器用で頑なになってしまうこともある。これは「MISS」の対談なので、ぜひそんなふうに悩む女性たちに、茂木さんから何かアドバイスをいただけますか。

 

茂木 今の女性は大変だと思いますよ。仕事もして、美しくもあってというのが当たり前で、やることがたくさんある。負担が大きいですよね。・・・

 

宮本 そういう大変さのなかで癒しが必要とされるんでしょうね。

 

茂木 あ、癒しって定義があるんですよ。〝全体性の回復〟。たとえば都会にいる人は田舎でゆったり過ごすのが癒しになりますが、田舎で農業とかやっている人は、都会の空調の効いたマンションで静かに本とか読むのが癒しになったりする。ふだんやっていないこと、足りないことを補うのが癒しになるわけですね。だから日常のさまざまな戦いがあるとしたら、仕事とか、楽しくなるとか、男を巡るとか?(笑)、そういったものと違うことをやるのがいいんです。

 

亜門 ふだんと違う体験や筋肉を使うようなことが癒しになるわけですね。でも都会で生きる人々には、なかなかスピードを緩めるのが難しかったりする。一度仕事のスリルや達成感を体感すると。

 

茂木 脳の仕組みからいうと、承認欲求というのは本当に人間の大きな欲求のひとつなんですよね。親からでも恋人からでも上司からでも。ただ職場での承認欲求ばかり加速すると……。

 ・・・

 生き物ですから、やっぱりバランスが大事ですよね。そういえば、よく勝ち組とか負け組とかいうでしょう。あれだってそんなにスパッと割り切れるものじゃないんです。

 

亜門 大体何で結婚できたのが、子供を産めたのが、とかで勝ち負けをいうのでしょう。

 

茂木 僕もあまりリアリティは感じてなくて、世間で言ってるだけの話でね。で、話というのがね、生き物の目的は子孫を残すことだといわれていますよね。進化論において適応度というのは一般に子孫の数で計られるわけです。たとえばジュウシマツのオスが一生懸命歌を歌うのはメスをひきつけるためで、複雑な歌を歌えるほどメスが寄って来る。ところが何かの実験で一番上手く歌を歌うオスはメスに興味なかったの。

 

亜門 ジュウシマツにゲイがいるんですか?

 

茂木 ショウジョウバエだとそういうのは〝悟り〟という遺伝子があって、メスに興味を持たないそうですが、ジュウシマツもメスと交尾しないオスが歌が一番上手い。

 

亜門 性交に興味がない悟り系か。

 

茂木 世間でいう〝勝ち負け〟は単純化されすぎてることは間違いないですね。

 

亜門 ジェンダーだって、考え方だって多種多様でいい。だからこの世が豊かになるんですね。・・・

 

 ここに出てきたショウジョウバエの話、そういえば以前に、悟りじゃないけど面白い話を読んだぞ、と思い出したのが以下の記事です。

 以前買ったビッグ・イシューに「失恋したハエのやけ酒」という面白いエッセイが載っていました。著者は池内了さん。

 

 ・・・ショウジョウバエですが、失恋するとアルコール入りの餌を好んで食べて酔っぱらうことが、以下のような実験で示されています。

 まず、既に交尾済みのため新たに交尾する気がないメスのショウジョウバエのグループを用意し、それとオスのグループとの間で1日3回、1時間ずつ一緒にさせ、これを4日間繰り返しました。このグループではオスが交尾できず、ふられることになります。また、餌は濃度が15%のアルコール入りのものとアルコールが入っていないものを選べるようにしました。

 これとの比較のために、別のオスのグループには交尾していない(従って、交尾できる)メスのショウジョウバエを用意し、条件を一緒にし、やはり二種類の餌のいずれを選ぶかテストしたのです。

 実験結果は、交尾できないふられたオスのグループではもっぱらアルコール入りの餌を選び続け、交尾できたオスのグループと有意な差がありました。・・・ハエもふられると、人間と同じように〝やけ酒〟に走る、というわけです。

 むろん、この実験はショウジョウバエの恋の成就と飲酒癖について調べることを目的としたものではありません。ハエに何らかのストレスを与えた場合に、脳内の神経伝達物質であるニューロペプチドFと呼ばれる物質(ホルモンの一種)の分泌量にどんな影響があるかを調べようとしたものです。結果は、交尾できなかった(ストレスを溜めた)オスのグループではニューロペプチドFの分泌量が少なく、交尾できた(ストレスの少ない)グループでは多く分泌されていることがわかりました。

 そこで、人為的にショウジョウバエのニューロペプチドFの量を減らしてみました。そうするとアルコール入りの餌を好むようになり、逆にニューロペプチドFを投与して増やすと、交尾できていないオスでもアルコールに背を向けるそうです。

 ・・・

 ヒトも含めて哺乳類には、ニューロペプチドFと似た脳内伝達物質として、ニューロペプチドYという分子が知られており、この量とアルコールやタバコへの依存症との関係が調べられています。

 ・・・

 ・・・まだヒトに対しては仮説の段階のようですが、アルコール依存症を治せるようになるかもしれません。ショウジョウバエのやけ酒とアルコール中毒の治療、意外な結びつきに驚きますね。