つづきのつづき

社会をちょっと変えてみた――ふつうの人が政治を動かした七つの物語

 中西さんのお話、さらにつづきます。

 

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 ・・・その障害者としての生活そのものを資産や材料としても使った。

 そこで感じたことや経験したことを、自立生活支援のマニュアルとして使い、ピア・カウンセリングのネタとする。障害者でなければわからないことだ。

「そこは、いかに非障害者がていねいなサービスといったって、我々を超えることはできない。彼らが資本力にものをいわせてサービスの単価を下げて、市場を独占してみようと思っても、利用者の目線で作ったサービスを、当事者組織が提供するのは、いってみれば強みだし、いちばん得意とするところ」

 たとえば、トイレの介助。

 おしりをふくときに、どうふくと嫌なのか。介助される人に負担と感じさせずに、上手に心地よくするにはどうしたらいいのか。

 ・・・

 逆に、障害者でこれから自立生活を送ろうという人には、うまく介助されるにはどうしたらいいのか、もセンターでは教える。つまり、介助される初心者に介助されるコツ、いいユーザーになるにはどうしたらいいかも学ばせるのだ。

 たとえば、介助者が来るのが一時間遅れてしまったとしよう。その介助者は遅刻の常習犯だ。

 介助される人、ユーザーは、どんなにトイレに行きたくても、その間がまんしていなければいけない。

 介助者がようやく来たとき、ユーザーはどうすべきか。

「どんなに困って、怒っていたとしても、いきなりしかりつけてはだめ」

 まず最初に「雨の日も雪の日も来てくれてありがとう」と、感謝の気持を伝える。

 それから、遅れてきた一時間の間に、どんなにトイレに行きたくて、がまんしていたか、自分の困難な状況を伝える。そのほうが、遅れてきた相手は「これは申し訳ないことをした」と強く思うし、二度と繰り返されない確率が高くなる。

 これを、ロールプレイングをする。当事者同士で行うが、役割を交換し、介助者の役もやる。

「そうすると、相手の立場もわかる。ユーザーは雪の日も雨の日も寒い思いをしないでうちの中にいる。来る方のつらさはあまりわからない。だから、そういうことを想像してみる。感情移入がお互いに難しいから、それをする練習をするんだ」

 もう一つ。

 ・・・

 ・・・極端なことを言えば、こんなことだって起こりうる。

 寒い日にユーザーが外に出たい、と言ったとする。介助者は「寒いですよ。風邪をひくかもしれないからやめたほうがいい」とは言ってはいけない。黙って従う。

「自己責任だから。出て行って風邪をひけば、次回からはやめておこう、あるいは厚着をしていこうと気をつけるわけだから。そうやって失敗ができる自由を持たないといけない」

 そう、失敗する自由。

 事前に止められてしまったら失敗もできないし、わからない。

 失敗できる、というのはぜいたくなことなのかもしれない。そこから学び、身にしみて、人間はまた前に進んでいくのだから。

 ・・・

 ・・・

「社会はそんなに冷たいわけでもなく、理解できる人たちは必ず存在する。もっと信頼することが重要なんだ。問題をわかっていない、敵みたいに見える人も、実はいったん話してみたら説得しやすくて、味方に変わってくれる、なんていうこともある」

 そうやって、センターができて三〇年。中西さんは当事者として社会を変え、社会は確実に変わったのだ。

 中西さんは今、アジア一二か国、南アフリカ共和国に二か所の自立生活センターを広めてきている。今後、南米の自立生活センターとも連携し、運動をさらに強力に広げていけないか、戦略を練っている。

 その目は常に、先を向いている。