対等の付き合い

実話芸人 (幻冬舎文庫)

 きのうのお話もそうなのですが、「上から」にならないって、大事なことだなぁと思ったエピソードがもう一つありました。

 

P161

 新潟に「NAMARA」というお笑い集団(プロダクション)があります。

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 今回のネタは、NAMARAの芸人さんが受けた「ある営業」に同行させていただいた時のお話です。

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「明日、刑務所に慰問ライブに行くんだけど……。体験ノンフィクションの役に立つかもしれないから、一緒に来るか?」

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 当日、打ち合わせのため、僕たちを呼んでくれた刑務官のもとを訪れました。広くて立派な応接室に通されたかと思うと、開口一番こんなことを言われたのです。

「私どもの刑務所、レベルが高いですよ」

 な、何の?新潟はお笑いに目が肥えているのか?芸人一同、顔色が変わりました。

 聞くと、この刑務所に収監されている受刑者は、初犯の人が一人もいないのです。

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「要するにですね、犯罪者としてのスキルが高いんです」

 スキルって……。そんなカジュアルな表現でいいのでしょうか。

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 舞台袖のカーテンの隙間から会場を覗いてみると・・・

 静まり返っていたので、まだ客入れをしていないのかと思いきや、すでに700人の受刑者が座っていました。誰一人、物音一つ立てず、舞台をジッと見つめています。

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 ・・・NAMARA所属の芸人に移ります。

 その名も、脳性マヒブラザーズ。

 ツッコミ担当は車椅子の周佐則雄君、ボケ担当がDAIGO君、二人とも芸のために作ったキャラクターではなく、本当に障害があります。

 車椅子の周佐君は、体に障害がありますが、口は饒舌で普通に喋れます。相方のDAIGO君は、逆に言葉に障害があって上手く喋ることができません。その凸凹コンビが、自らの障害をネタにお互いをイジりまくる漫才なのです。

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 障害者自らが自分の障害をイジる、捨て身のネタです。ですが不思議なもので、このネタをお客さんの前で披露すると、半々の確率でスベるそうです。笑っていいの?不謹慎では?という感情が、ブレーキをかけるのでしょう。

 ところが、この刑務所では、全員が大爆笑。なぜ、受刑者たちはこんなに素直に笑うのか。・・・

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 持ち時間が終わりに近づいた時、DAIGO君が、たどたどしい言葉でゆっくりと語り始めました。

「僕は、障害者としてこの世に生まれてきた。差別もたくさん受けた。そんな僕を、ボランティアの人たちは助けてくれた。ありがたかった、すごく助かった……。だから今度は、僕も助ける側に回りたい。そう思って、障害者だけどボランティア・センターに登録させてほしいと頼んでみた。でも、もし何かが起こった時に責任が取れないから、と断られた……。僕はいつも人から何かをしてもらうだけで、誰かに何かをしてあげることはできないんだ。そう思い知った」

 そんな時、彼に声を掛けたのが、NAMARAの江口さんだったそうです。

「その悔しさを、笑いに変えてみないか?お前たちに救われる人がきっといるはずだから。そう江口さんに言われて、半信半疑だったけど、舞台に立ってみた。ウケた。嬉しかった。その時初めて、ああ、自分にも人を楽しませることができるんだ、と気づいた。

 この世には、障害のない人は一人もいません。程度の違いはあっても、何かしら障害がある。僕たちは体の障害、皆さんは法律を守れないという、心の障害です。みんな、思い通りにならない人生を懸命に生きています。神様は越えられない試練は与えません!試練が心を豊かにするんです」

 嗚咽する700人の受刑者たち―。さんざん笑わせて、最後は見事に泣かせる。まるで藤山寛美です。

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 脳性マヒブラザーズの芸を間近に見て、気づいたことがあります。

 障害者の方を見たら、何かしてあげようと思ってしまう。「あげよう」と思った時点で、彼らを上から見ていることになってはいないか?健常者が全て上回っていると思うのは間違いです。少なくとも、この舞台で僕は彼らにかなわなかった。

 そしてそんな彼らを舞台に立たせている江口さんもすごい。批判もあるだろうに、根性が据わっている人だ―。

 そう思いながら控室に戻ると、江口代表がDAIGO君を一喝しているではないですか。

「天狗になるな!」

「なにをッ!代表のくせに自分はスベったじゃないか!」

「お、俺のことはとやかく言うな……。だいたいお前、最近ツカミで、ちゃんと喋れるようになってきてるぞ!脳性麻痺が喋れちゃダメだろ!」

「舞台が、いいリハビリになってるんだよ!」

 感情剥き出しで理不尽なダメ出しをする江口さん。なるほど、人間として対等に付き合うというのは、こういうことなんですね―。そんなことも教わった、新潟刑務所での慰問ライブでした。